周囲をひきつけ、研究開発に邁進(まいしん)する横尾先生の背中を押し続けているのは、研修医時代に出会った1人の少女の記憶だ。

「初めて受け持った入院患者さんでした。その子は、先天性の腎不全で、生まれてすぐから透析を受けていたのですが、当時の医療技術は制限が多くて、まだ7歳なのに、ジュースもアイスクリームも食べることができない。だからおやつの時間になると、いつの間にかどこかへ行き、じっと我慢している。かわいそうでなりませんでした」

 だが、それでも容体は次第に悪化。肺など体内には徐々に水分が溜まっていくため、地上にいながら溺れるようにじわじわと呼吸困難が進んだ。

「最期が近づいたとき、ただ寄り添うことぐらいしかできない自分が悔しくて『ごめんね、先生が代わってあげたいよ』と謝りました。でも彼女は僕の目を見て『やだ、こんな苦しい思いを先生にさせたくない』と言ってくれました」

 30年も前のことなのに、横尾先生は目をうるませる。健気な少女はその後、横尾先生にとって、初めて死亡診断書を書いた患者になった。

「なぜこんな小さな子が、つらい目に合わなければならないのかと、涙が止まりませんでした。なんとかしてあげたかった、という気持ちから腎臓の専門医となり、今につながっています」

あと3年
まずは子どもたちから始める

「実は今、実用化への道が一気に開けそうなところへ来ています」

 昨年7月末、横尾先生は顔を輝かせて語ってくれた。