個人・組織が持つ「妄想」を「ビジョン」に落とし込み、その「具現化」までを支援する「戦略デザイナー」のBIOTOPE代表・佐宗邦威さん――。ベストセラーとなった最新刊で注目を集める佐宗さんの対談シリーズ第5弾のお相手は、雑誌『美術手帖』で編集長を務める岩渕貞哉さん。
佐宗さんによれば、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』で展開される「ビジョン思考」という方法、アーティストが作品を生み出すときのプロセスに通じているという。そのメッセージを岩渕さんはどのように受け取ったのか? また、創刊60年以上の歴史を持ち、美術雑誌の世界で異彩を放つ同誌は、いまどんな「妄想」を持っているのか。(最終回 構成:高関進)

■前回までの対談
【対談(1)】マーケットを動かす「妄想家」がこっそりやっている「現実とのすり合わせ」とは?
https://diamond.jp/articles/-/201034

【対談(2)】なぜ脳は、セザンヌの絵画を「動いている」と知覚するのか?
https://diamond.jp/articles/-/201035

閉ざされているアートの世界を広げるために

佐宗邦威(以下、佐宗) じつは『美術手帖』で気になっていた号があるんです。「アートとブロックチェーン 未来の価値をつくるのは誰か?」という特集を組まれていましたよね。いまの段階ではまだつながりきっていないこの両者を取り上げた理由は何なんでしょう?

岩渕貞哉(いわぶち・ていや)
『美術手帖』編集長
1975年生まれ。1999年慶応義塾大学経済学部卒業。2002年美術出版社『美術手帖』編集部に入社。2007年に同誌副編集長、2008年に編集長に就任。2012年7月より同社編集部部長を兼任。書籍・別冊に『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ ガイドブック』(2006)、『瀬戸内国際芸術祭ガイドブック』(2010)、『村上隆完全読本1992-2012 美術手帖全記録』(2012)など。

岩渕貞哉(以下、岩渕) ちょうど昨冬は、アート作品の流通・評価インフラを構築しているスタートバーンや、遠山正道さんの「The Chain Museum」のアートスティッカーなど、ブロックチェーンを用いたり、それを想定したりしたアートのサービスが、続々と立ち上がった時期でした。ブロックチェーンを利用した新しい仕組みのサービスは、真贋鑑定や来歴管理などアートマーケットの課題解決になり得る可能性を持っているんだと思います。アートマーケットへの参入障壁になる「不透明性」が霧散すれば、プレイヤーが増えて発展するのでは?と具体的な未来のイメージが湧きやすい。

佐宗 アート作品のマーケットが「不透明」というのはどういうことなのでしょう? そして、その課題が、ブロックチェーンの導入によって解決できるというのは?

岩渕 アート作品の市場は、ある意味で非常にクローズドです。この作品になぜその値段がつけられているのかロジックが見えにくく、そもそも価格自体が一般に公にされていないことも多い。ネットワークや信頼関係などがなければ、そもそも購入機会にもアクセスできないということもあります。

佐宗 たしかに、一般の人はそういう状況すら、知る機会がありませんよね。

岩渕 アートは美術館で誰もが触れられるパブリックなものでもありながら、いっぽうでクローズドなサーキットで回る世界でもある。アートシーンがグローバル化するなかで、とくに現存の人気アーティストの新作を手に入れるのは難しい状況があります。いまは、国や企業よりも、個人の資産家のほうが迅速に決断できる分、市場では強くなっていたりします。その結果、パブリックに運営している美術館は、作品を購入することはおろか保険や輸送の問題などで、ギャラリーやコレクターの協力がないと、展覧会を開く作品を持ってくるにも困難がともなってきている現状があります。

佐宗 『美術手帖』というメディアの編集長として、より多くの人に作品の価値を提示して、それを享受してほしいのに、業界そのものがそういう構造になっていない――そういうジレンマが岩渕さんの中にあったと。

岩渕 そうですね。だからこそ、そんな状況を少しでも変えられるように、よりたくさんのプレイヤーが参入できる仕組みをつくることから始めていこうと考えています。

濃縮された一団と社会がつながる回路の必要性

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
BIOTOPE代表。戦略デザイナー。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授
大学院大学至善館准教授東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。P&G、ソニーなどを経て、共創型イノベーションファーム・BIOTOPEを起業。著書にベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)のほか、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

佐宗 もう少し射程の広い話になりますが、テクノロジーは進化しますし、個々の状況はいくらでも変わっていきます。その一方で思うのが、それを受け取る人間側の行動はほとんど変わっていないんじゃないかということです。なんとなくそうした変化に流されるがままになっている。
テクノロジーの急激な変化とのバランスをとったり、変化の方向性そのものをアクティブに変えたりする必要があるとき、いま僕たちには、そのための道具立てが圧倒的に足りないんじゃないかと。
そこで、人間が頭の回路、いわゆるメンタルモデルを変えていくには、アートのような視点転換を起こす表現手段がより欠かせなくなっていくというのが僕の仮説です。そういったアートの可能性について、岩渕さんのお考えを聞かせていただけますか?

岩渕 それは非常に面白い視点ですね。とても共感できます。アートがいま必要とされているとすると、一見、理解を超えるような「わけのわからないもの」をどう生み出し、その存在をどう受け容れるかが問題になっているからだと思います。そして、その「わけのわからないもの」を受容する素地をどうつくってくかが同時に重要になりますね。

佐宗 後者の「受容する素地」というのは要するに、鑑賞者の「リテラシー」の話ですよね。前者の「わけのわからないもの」を生み出すというのは、どういうことなのでしょう?

岩渕 この両者は表裏一体だと思います。たとえば、80年代から90年代にかけて日本では「オタクカルチャー」がすごい勢いで成熟していきました。でもこれって、もとはと言えば、庵野秀明さんや岡田斗司夫さんなどが、狭いコミュニティのなかで出会い、コンベンションで切磋琢磨し合うことで生まれてきたものだったりします。でも、当時そのサークルの外の人たちから見れば、どこに評価のポイントがあるのかまるでわからなかったと思うんです。

佐宗 優秀なつくり手がいて、さらにそれを受け取る優秀な鑑賞者がいる。そういう環境があったから、濃密な作品が生まれてきたわけですね。

岩渕 第一次大戦時の「ダダイズム」などもその典型です。チューリッヒの「キャバレー・ヴォルテール」という小さなキャバレーでの喧噪から広がった運動ですよね。

佐宗 教科書に載っているような芸術運動も、最初からそうだったわけではなく、ごく狭いコミュニティのなかで生まれた、濃密な価値観がスタートになっていると。

岩渕 そういう場所で濃く煮詰められた新しい価値観が、世の中を変える可能性がある。いまも我々が気づかないどこかで、そういった新たな動きが起こり始めているのかもしれません。

佐宗 ビジョン・ドリブンな世界は、いきなり多くの人に理解されることはありません。まずは、小さな「アトリエ」のなかで少人数の人からフィードバックをもらい、世界観をじっくり熟成することが必要になります。このような「ビジョンの育て方」にも通じるものがありますね。

岩渕 そのためには創作と批評が激しく行き来するような、「何かすごいものが生まれているぞ」と直感できる人をどう育てていくか、そんな環境をどうつくれるかが肝要ですね。

佐宗 昔は「パトロンが資金を提供して、好きなアーティストを支援する」という構図があったわけですが、今後はどうなっていくんでしょう? 世の中のリテラシーが上がってくるなかで、そのルートは変わるものでしょうか?

岩渕 そこはネットの時代になってもあまり変わらない気もするんです。結局、身体をともなう人間同士の密なつながりの情報量と速度には及ばないというか。

佐宗 一般と専門家とのアクセスのタッチポイントを増やすということは、もしかしたら1つの入り口になる可能性はないでしょうか? 一般のネット上にないとすれば局所的になるわけですが、「岩渕さんはご存知だけど僕は知らない」というような狭い世界に、どうやってアクセスしてもらうのかが難しいですね……。

岩渕 そこですよね……。濃密な価値を持っているグループと社会とを結ぶ回路を、私たちメディアが開いていくことが課題ですね。

アーティストが自由に活躍できる世界をめざす

佐宗 最後に岩渕さんの今の「妄想」を教えていただけないでしょうか。

岩渕 『美術手帖』の仕事を通じて、アーティストのすごさも苦労も見てきているので、アーティストがリスペクトされる社会にしたいですね。たとえば、反体制のかどでアーティストがその地にいられなくなる社会よりも、その作品への賛否両論によって議論が深められていく社会があるとして、どちらが良い社会と言えるでしょうか。アーティストではない我々にとっても、それは変わらないと思います。

佐宗 アーティストが気持ちよく創作活動をできたり、真っ当に評価されたりするような世の中が実現できれば、結果的にアートを受け取る側の人間も含めて、世界全体がよくなるというわけですね。

岩渕 そのためには、実際に自分で少しでも手を動かして作品をつくるなり、生みの苦しみと面白さを経験すれば、アーティストへの尊敬の念も湧いてくるのかな。あるいは、アーティストの制作プロセス自体を体感する機会があるといいのかなとか、妄想しているところです。

佐宗 『直感と論理をつなぐ思考法』の中には「人生芸術の山脈」というメタファーが登場します。横から眺めてみても険しい山々なのですが、「ビジョンのアトリエ」という地下世界から眺める人にとっては、その頂きがよりいっそう高く感じられる。
いろいろな人がちょっとした表現者になることで、むしろ一流アーティストの山の頂きの高さが感じられ、敬意を持たれるようになるといいですね。一度でも表現したことがあると、美術館に行くときにも、作品の見え方が全然違ってくるでしょうね。『美術手帖』が広げていける世界観の1つとしても、納得感があると思います。僕も、学術機関と組んでビジョンアートの制作のワークショップなどもやっていく予定がありますので、今後もご一緒できるのを楽しみにしています。本日はありがとうございました!

(対談おわり)

 

【佐宗邦威さん対談シリーズ】

入山章栄さん(早稲田大学ビジネススクール教授)
直感力とは「違和感に対する正直さ」である ほか

尾原和啓さん(IT批評家)
なぜ世界はいま、ビジネス版「こんまりメソッド」を待望するのか ほか

岡田武史さん(FC今治オーナー/元サッカー日本代表監督)
現実を動かすのはいつも、平気で“無茶”を言える「妄想家」だ ほか

東浦亮典さん(東急電鉄執行役員)
「社外」に妄想を投げ、「社内」をひっくり返す ほか