個人・組織が持つ「妄想」を「ビジョン」に落とし込み、その「具現化」までを支援する「戦略デザイナー」のBIOTOPE代表・佐宗邦威さん――。ベストセラーとなった最新刊で注目を集める佐宗さんの対談シリーズ第5弾のお相手は、雑誌『美術手帖』で編集長を務める岩渕貞哉さん。
佐宗さんによれば、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』で展開される「ビジョン思考」という方法は、アーティストが作品を生み出すときのプロセスに通じているという。そのメッセージを岩渕さんはどのように受け取ったのか? また、創刊60年以上の歴史を持ち、美術雑誌の世界で異彩を放つ同誌は、いまどんな「妄想」を持っているのか。(構成:高関進)

マーケットを動かす「妄想家」がこっそりやっている「現実とのすり合わせ」とは?【岩渕貞哉×佐宗邦威 対談(1)】

雑誌の企画力と編集力でアートを広めたい

佐宗邦威(以下、佐宗) 本日はありがとうございます。岩渕さんはふだん、僕も愛読している『美術手帖』の編集長をされているわけですが、アートの特徴の1つとして、「つくり手も受け手も表現を通じて内面を見つめることができる」ということがあると思います。
そこで今回は、僕が『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』で主題にした「自分の内面を見つめ、そこから湧き出るイメージを具体的な形として表現する」という考え方について、お伺いしたいと思っています。
……とその前にまず、最近の『美術手帖』でのお話などからお聞かせください。

マーケットを動かす「妄想家」がこっそりやっている「現実とのすり合わせ」とは?【岩渕貞哉×佐宗邦威 対談(1)】岩渕貞哉(いわぶち・ていや)
『美術手帖』編集長
1975年生まれ。1999年慶応義塾大学経済学部卒業。2002年美術出版社『美術手帖』編集部に入社。2007年に同誌副編集長、2008年に編集長に就任。2012年7月より同社編集部部長を兼任。書籍・別冊に『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ ガイドブック』(2006)、『瀬戸内国際芸術祭ガイドブック』(2010)、『村上隆完全読本1992-2012 美術手帖全記録』(2012)など。

岩渕貞哉(以下、岩渕) ありがとうございます! 佐宗さんとは数年前に『美術手帖』での新しい展開についてご相談させていただいて以来になりますね。最新刊も読ませていただきましたが、本当に面白かったです!
それでまず雑誌編集のお話をということですが、私が編集部に入ったのは2002年で、編集長になったのは2008年です。その間、出版環境は大きく変わり、さらにアートそのものも大型美術館の開館や芸術祭などを通じて注目されるように変化してきました。
美術手帖』を10年ほど続けてきて思うのは、日本におけるアートシーンの大きな課題の一つが「マーケットが育っていないこと」、もう少し広く言うと「受け手のリテラシーが育っていないこと」にあるという点です。ですからここ2、3年は雑誌で培ってきた企画力や編集力を使って、紙の雑誌という世界の外に出る挑戦をしています。

佐宗 たとえば、どのようなことなのでしょう?

岩渕 ウェブ版の「美術手帖」を立ち上げたのはわかりやすい例ですが、それ以外にもBtoBのソリューション提供や、アートを購入できるECサイト「OIL by 美術手帖」を立ち上げるなど、アートを世の中に広げていくための新たな取り組みに挑戦しています。

マーケットを動かす「妄想家」がこっそりやっている「現実とのすり合わせ」とは?【岩渕貞哉×佐宗邦威 対談(1)】アート作品が購入できるECサイト「OIL by 美術手帖」

佐宗 「アート作品が購入できるECサイト」の構想は、お聞きしていて楽しみでした。これが岩渕さんの「アート作品のマーケットを育てる」という問題意識とつながっていると。

岩渕 実際に雑誌をつくるのは、非常にテクニカルな、一種職人的な特殊な作業だといえます。なので、当初はこの「狭義の編集力」がほかの分野でも生かせるとは思っていませんでした。それでも新しいことに踏み出さければ、と考えを変えた理由は2つあります。
理由の1つめは、やはりウェブメディアの登場と普及です。月刊誌のコンテンツは、特集などはリサーチから取材・制作に3ヵ月から半年ほどかかるため、時事的な話題にはどうしても遅れてしまう。雑誌を刊行したときには、ほかのメディアですでに取り上げられていたり、後追い感が出てしまいます。時事的な話題に即応するジャーナリスティックなメディアがアートシーンにも必要でした。