「誰からなの、顔色が悪いわよ。死人に会ったみたい」
優美子が森嶋の顔を覗き込むように見て言った。
「イヤな冗談はやめてくれ。高脇からだ」
「彼、神戸にいるの。京コンピュータを使って何かやってるのね」
森嶋の言葉を聞いていたのだ。
「明日午後の話を聞くように言っていた。地震の話だろう」
「神戸で地震の研究を続けてたってことなの。人騒がせな人ね」
優美子は呆れたような口調で言ったが、すぐに真剣な表情に変わった。
「彼はこの前の地震はオードブルのようなものだって言ってたわよね。だったら、メインデッシュがあるはずね。京コンピュータを使って、そのことを調べてるの」
森嶋は頷いた。
おそらく、世界でトップを争っているスーパーコンピュータを使用することで、彼の予想がさらに明確になったのだろう。あの声の様子だと、かなり深刻な発表になるのだ。
「私たちが、その日本の危機を救うのね。そんなの無理よね、絶対に信じられないわ」
優美子はときに、本音とは正反対のことをいう。今回もそうなのだろう。
「早く帰って、仕事しなきゃ。あなたに経済の講義をしてる場合じゃない」
優美子は立ち上がって、出口のほうに歩いていく。森嶋は慌ててそのあとを追った。
国交省の首都移転チームで行うことは、新首都のアウトライン作りと具体的な建設に至る行程作りだ。それ以上のことは、現在の人数ではとても出来ない。
森嶋は村津の最終的な考えがまだ十分に理解出来ていなかった。彼の中では、かなり具体的な新首都のイメージとそこに至る行程が出来あがっているはずだ。
しかし、それを共有しているチームのメンバーはいないはずだ。村津と最も近い自分でさえ、半分以上はベールに覆われている。それを最も理解しているのは長谷川であり、室山であり、玉井なのか。いずれにしても首都移転チーム以外の者たちだ。森嶋の心に、強い不安が広まっていく。