国会の一室だった。

 重いドアを押し開けて入ると、隅の椅子に黒い影が座っている。

 視力には自信があったが、昨夜は徹夜に近い状態だったので視野が霞んでいる。

 総理は秘書とSPをドアの前で待たせ、その影に近づいた。目が慣れてくると殿塚の姿が浮かび上がってくる。

 総理と野党の実力者が国会内で直接会うなど、普通はあり得ないことだった。

 初めはどこかの料亭で秘密裏に会いたいと殿塚に言ったが、必ずマスコミに嗅ぎつけられ、かえって痛くもない腹を探られることになる、と反対されたのだ。たしかにその通りだ。コソコソ会うことはない。かと言って、わざわざことを大きくすることもない。まだ公には出来ないことだ。

 国会の空き時間に休憩に寄った部屋に、たまたま野党の重鎮がいたということにすればいい。少しの間、世間話をして別れるのだ。そうすれば話がまとまらなかった場合でも、双方傷つくことはない。お互いの秘書同士の申し合わせだった。

「お久し振りです。相変わらずお元気そうで、なによりです」

 総理は殿塚に慇懃な口調で言って頭を下げた。

 殿塚は笑みを浮かべて応じている。

「急遽お会いしたのは、すでにお聞きになっているとは思いますが、殿塚先生が唱えておられる道州制と、私の考えている首都移転のことです」

「なにか前向きな考えがおありですか」

「最近、国交省内に首都移転チームを復活させました。村津リーダーのもとに各省庁から22名のトップクラスの若手を集めています。その首都移転と――」

「総理は首都移転を本気で考えておられると聞きました。それに間違いはありませんか」

 殿塚が総理の言葉をさえぎり言った。鋭い目で総理を見すえている。総理の顔から笑みが消えた。

「現状を考えると、思い切った改革が必要だと判断しました」

「現状とは──」