「カネでは計れない価値」という暴力

 私自身はここでベーシックインカムに賛成か反対かを論じるつもりはありません。この話を引き合いに出したのは、ある人が何らかの「価値」を生み出しているかどうかなんて簡単には計れない、といいたかったから。

 「カネでは計れない価値」という時、私たちはその「価値」を「カネ」以外の何かで計ろうとします。「やりがい」で計ることもあれば、人から寄せられる「尊敬のまなざし」で計ることもある。しかし、いずれにしろ、時給1000円と時給1200円を比べて「200円の差」を計るのとまったく同じように、「カネ以外の価値」も計っているわけです。

 ですが、世の中には「カネ」どころか、何によっても計れない価値や、そもそも無価値なものがあるはずです。そういう存在を排除せず受け入れようとするのが、本当の意味で「公平」といえるのではないでしょうか?

 ここからここまでは価値があるけれど、ここから先は価値がない。

 こうした二元論はわかりやすい。けれども、そこからこぼれ落ちてしまうものは、相当あるように思います。

 自尊心が傷つけられ、外の世界に踏み出せない。急増している生活保護受給者も含め、働きたくても働けない人たちにどうやって最初の一歩を踏み出してもらうか。これは難しい問題です。

 「働かざる者、食うべからず」「生活保護の需給条件を厳しくすればいい」といった、単純な理屈で片付く問題ではないでしょう。

 かつて「働いて稼ぐ」とは、非常にシンプルな人間の営みでした。ところが、今やそれが簡単には成り立たなくなっている。

 「なぜ、働くことがこんなに難しくなっちゃったんだろう」

 宝くじでも当たらないかなあ、とぼんやりと考えながら、思わずそんなふうにため息をついてしまいます。