子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』。発売半年を待たず現在「4刷」と大きな注目を集めています。著者であり4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士です。

梅雨が明けるとプールの季節が始まります。本記事では、ある夏の著者の子育ての経験から、「子どもにとっての経験の豊かさ」についてお伝えします。(構成:編集部/今野良介)

「身長120センチ以下の子どもは利用できません」

三男が6歳のころ、プールに行ったときのことです。

そこには、流れるプールとスライダープールがありました。三男は怖がりなので、スライダーには近づかず、浮き輪に乗って、流れるプールを回っていました。スライダープールは混んでいて、階段の下にも長く列ができていました。あの列に並ぶのは大変だと思ったので、私は内心「できればこのまま流れていたい」と願っていました。

しかし、1時間ほどすると、三男は、スライダープールのほうをチラチラ見るようになってきました。よく見ると、スライダーの階段の登り口のところに「身長120センチ以下の子どもは利用できません」と書いてあります。三男の身長は118センチでした。ちょうどその前の週、保育園の身体測定があり、健康手帳にその数字があったのを覚えていました。

三男はついに「スライダー行きたい!」と言い出しました。「120センチからって書いてあるよ。まだ118センチやったからだめだよ」と私が言っても、平気な顔で「あれから背が伸びたと思うねん!」などと言うのです。

階段には、順番待ちの人がたくさん並んでいます。そこに並んで上まで行って、やっぱり係員の人から「ダメだよ」と言われたら、ショックは大きいだろうし、かわいそうだと思いました。よほど「やめとこう。並んでも無駄になるから」と言いたかったのですが、子どもはどうしても行くというし「しょうがない、並ぼうか」と、一緒に行きました。

暑い中20分ほど並んで、ようやく階段を上がり始めました。上がるごとに、子どもの顔がだんだんこわばっていきます。もはや120センチあるかどうかなんて全然気にしていないのです。それよりも、自分の順番が近づいてきているのが、怖いのです。上からは「はい次の人! はい滑って!」などと声が聞こえてきました。

ようやく一番上に着きました。そこには、身長測定の計りがありました。係員の若いお姉さんが「はい、ぼく来て、ここに立って」と三男を呼んで、ガチャンと計ると、やっぱり2cmぐらい届かず、「ああ、ボク、残念やねぇ。また大きくなったら来てね!」と言われてしまいました。私は「こんなに並んだのに! 2センチぐらいいいやんか!」と思いました。

ところが、三男は、こわばっていた表情がすっかり解けて、「そうか、伸びてなかったかー」などと嬉しそうに言いながら、笑顔でさっさと降りて行きます。全然、残念そうではないんです。「現実は現実」と受け入れている。拍子抜けするほどです。

その日の夜、夕食のとき、彼は兄たちに自慢し始めたのです。「今日なぁ、スライダープール、はじめてやったで。すごかったわぁ」。みんなから、「へえ、滑るの怖くなかった?」と聞かれると、「いや、オレは身長が120センチなかったから、滑るのはあかんかってん」と、そこも自慢そうでした。

大人からすると、せっかく暑い中、長い時間並んだのだから、滑らせてやりたいと思いますよね。滑らなかったらなんにもならない、と。でも、子どもにしてみたら、並ぼうと決意し、だんだん階段を上っていくことそのものがスリル満点の体験だったのだなと、彼が家で話しているのを聞いていて気がつきました。

身長測定の場面などクライマックスで、身長が届かず滑らせてもらえなかったことは、彼にとってはハッピーエンドだったとさえ言えるのかもしれません。もう、十分に満喫した。

親がなかなか気づけない「6歳児の楽しみ」子どもが今、何を楽しんでいるのか? 観察するとおもしろいです。

親は「結果」に気持ちが集中してしまうけれど、子どもにとっての体験とは、もっと広がりのあるものなのだと思います。

「子どもが体験していることや、子どもに見えている世界はどんなものか」に目を向けることで、大人にとっては残念な出来事でも、実は子どもにはそうではないのだと気づくことがある。それを改めて意識させられた出来事でした。