コクヨがモレスキンを作れず、
ポルシェがヒーローを求める理由
山口:「意味」をまとったブランドが強い、という話は、コクヨがなぜモレスキンを作れないのか、ともつながります。
コクヨの「Campus」ノートは、ページが折れない、落丁しない、インクが裏写りしないという、「最強に役に立つ」ノートとしての地位を極めています。しかも価格は100円から200円と安価です。それなのに、グローバルでは売れない。
一方で、インクが裏写りしまくりで、落丁しまくりのノート=モレスキンが売れている。コクヨにしてみたら「役に立たない」「安っぽい」モレスキンのノートは2000円も3000円もするのに、世界中で売れているわけです。
パタゴニアつながりで話をすると、紀行作家のブルース・チャトウィンは、『パタゴニア』という、そのものすばりのタイトルの本を書いていますが、草稿をモレスキンに書いているわけです。するとそれを知った人は「俺はブルース・チャトウィンになる」と使う意味性を高められます。ある種の「ごっこ遊び」ですね。
ポルシェのディレクターに聞いた話では、ポルシェのブランドエッセンスは、ファスト、テクノロジー、パワー、スピードを追求するのではなく、「ヒーローになること」。よくわかっているなと思いました。
人は誰しもヒーローになりたがるものの、自分がヒーローではないことをわかっている。でも「ポルシェを買うとヒロイックな気分になる」ということを追求しているのだと。まさに「意味」のブランドになっているわけです。役に立つとか、パワーがある、という性能に本質はないと判断してるんですね。
尾原:僕は、「i-mode」の立ち上げ事業を支援していたときに、夏野剛さんたちが話していた「Tシャツ理論」が印象深かったです。
i-modeの携帯電話のディスプレイは当初は白黒で、画面は8×6サイズしかないし、メモリーも2000文字出したらアウトという、今ならあり得ない、「役に立たない」の領域からスタートしました。
備わる機能性としては、Eメールが外出先で見られるくらいだったのですが、夏野さんはその時に「Tシャツにはどういう価値があるかを考えなさい」と話していたんです。
Tシャツは、機能的価値で言えば汗を吸うとか温度を保つということになりますが、人がTシャツに求めるものはそうした機能性面より、「コミュニケーション価値」「仲間を見つける価値」です。
今僕が着ているパンダアルゴリズムのTシャツも、意味を知っている人には刺さり、コミュニケーションが生まれます。
あるいは、僕が使っているソーラーパネルバッグもそう。バリのようなさんさんと太陽光が降り注ぐ国ではiPhoneを4時間分くらい充電できるのですが、日本の曇の多い空の下だとまったく役に立たないんですよ。でも、ガジェット好き、エコ好きが町中で声を掛けてくれる。それこそがコミュニケーション価値なんです。
さらに大事なのは、Tシャツは人とのコミュニケーション価値よりも、自分へのコミュニケーション価値を持っているということ。ザ・ローリング・ストーンズのベロ・マーク(“tongue and lip”logo)Tシャツを着ている人は、ミック・ジャガーのようになりたいという気持ちがあるだろうし、僕の場合はパンダアルゴリズムのTシャツを着ながら、全知全能で検索クエリが飛んで来たら、すぐにわかりやすく答える人になりたいという、「なりたい自分」を着ている。
つまり夏野さんは、機能的価値では役に立てないけれど、自分へのコミュニケーション価値に振って、「意味」を見出しました。結果、着メロ、待受などを作り、最盛期で6000億円くらいの市場になったのですが、あの半分は「意味」のマーケットだったんですね。(第3回に続く)