その後は、外を歩いている最中に、突然自分がどこにいるのかが分からなくなり、しゃがみこんでいるところを、近所の人や警察官に連れ帰られることが続き、危なくて家に1人で置いておくことができなくなった。だが、美乃梨さんは仕事がある。

「お義母さんを、老人ホームに入れたいんですけど」

 3人姉妹に打ち明けると、猛反対された。義母は常におかしくなっているわけではなく、他人や自分の娘たちの前ではシャキッとする。話のつじつまもほぼ合っているため、彼女たちには、緊急性が伝わらないのだ。

「ご飯を食べさせてもらっていない」という義母の言葉も真実だと思われている一方で、「大便をタンスに貯め込んでいた件」は信じてもらえない。病院で診てもらい、認知症であることを医師から説明してもらいたかったが、車で2時間以上かかる大きな町にしか専門医はおらず、美乃梨さんには情報を得る方法もなかった。

 なんの手も講じられないまま時が過ぎ、ある時、ふと見ると、義母は大便がついた指を口に入れ、ぺろぺろとなめていた。

認知症であることを
義姉たちは信じなかった

 美乃梨さんは義母を、車で1時間ほどかかるところにある、公営の老人ホームに入所させた。3人姉妹はもちろん激怒した。「嫁のくせに、お義母さんを老人ホームに入れるなんて、なんという親不孝者なの」と口々にののしる。

「申し訳ありません。でも私も、生きていくには、働かないわけにはいかないんです。お義姉さんたちも、本当にボケてないとお思いなら、どうぞご自分の家に引き取ってあげてください。そのほうがお義母さんだって幸せだと思います」

「それができたらいいんだけどね。うちは部屋がないから、引き取れないわ。あぁ、お母さんかわいそう。憲治が、こんな薄情な人と結婚したばっかりにひどい目にあって」

 捨てぜりふを吐いて、帰って行った。

 それから2年、義母は亡くなった。最期の1年間は寝たきりで、娘たちの顔も孫の顔も分からなくなり、ボーっとしていた。サルのミイラのように小さくなった頭を孫がなでると、心なしか穏やかな表情になったのが哀れだった。