西麻布の交差点近くに隠れるように店が一軒ある。あまり目立つことにはなりたくない、とそんな亭主が蕎麦と和食の腕を存分に振るう。吟味した食材、岩手の実家から送られる季節の実り、その味わいに、口コミに乗って客が集まってくる。

海から、山から特別な食材が何気なく並ぶ
そのお任せ料理を目当てに客が集まる

 地下鉄日比谷線の広尾駅と六本木駅から、ほぼ同じ距離に位置する「そば割烹・さとう」。六本木駅からは六本木ヒルズを見ながら、六本木通りを真っ直ぐに上っていくと西麻布の交差点に出る。交差点を渡り広尾方面に向かうとすぐに「さとう」の玄関がある。蕎麦屋の玄関というよりは瀟洒な料理屋といった風情だ。

 店の入り口は暖簾をくぐって階段を上った2階にある。戸を開くと正面のカウンターに立つ亭主から、明るく、よく響く声が掛かる。それと同時に厨房からもいくつかの声が聞こえる。

「そば割烹 さとう」。見逃してしまいそうな店の入り口、階段を昇って玄関戸を開けると、亭主のよく響く明るい声が客を迎える。 カウンター10席と個室になるテーブル席のあるこじんまりした蕎麦割烹の店だ。

 店は存外にこじんまりとしている。カウンター10席と、会食や接待の際には個室に早代わりするテーブル席があるだけだ。ちょうど常連が3人、カウンターに座っていた。6月に差し掛かる時期だ。客が今日の食材を聞く。

「お造りだったら、解禁の青森の紫ウニ、山菜は岩手の実家から天然のこごみなんか届いてますし、今年は珍しくまだ花山椒があります」と、亭主の佐藤暢紀さんが今日の仕入れのメインをカウンターに置かれた仕込箱から実際に手にとって客に披露する。

 天候の不順でまだ採れるという花山椒に客が嬉しそうな声を上げた。山椒は雄株と雌株が別に育ち、花山椒は雄株に実り、鍋など入れてその舌に柔らかな痺れる感覚を楽しむものだ。仕入れでキロ1万円はする希少なものだ。

ウニの高級ブランドの青森産紫ウニ。ウニ好きが解禁を今か今かと待ちわびるものだ。殻を切り取ってそのままスプーンにとって食べる贅沢なものになっている。酢飯に乗せて食べられるようにもなっている。

 “じゃ、頼む”と結局は亭主の作る料理に客はお任せにするのだが、「さとう」では食材を聞くのが客にとっての楽しみのひとつになっているのだ。

 紫ウニは別名、白ウニと呼ばれ、鮮やかな黄色が特徴だ。ウニを乗せる酢飯も用意してあって、それはしゃりの甘みと酸味の上で甘みが膨らむ。

 ウニ好きは毎年、青森の海域で特別に美味い昆布を食べて育った紫ウニの解禁時期を心待ちにする。それを亭主は綺麗なままに殻割りで出してくれる。