「情熱、熱意、執念」「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」……。何事にも徹底的に取り組むという永守重信会長の仕事の流儀は、グループ企業の隅々にまで浸透している。なぜそれが可能なのか。特集「人・組織を鍛え抜く 日本電産『永守流』」(全10回)の#6では、永守式M&Aを間近で見てきた側近が語る。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
「俺が最終面接や
今すぐ、その会社に電話せい!」
日本電産シンポの社長を務める西本達也は、元銀行マンだ。さくら銀行(現三井住友銀行)神戸本部で西日本地域のM&A(企業の合併・買収)を担当していた。
その西本と日本電産との縁は、1995年10月4日に掲載されたある新聞記事までさかのぼる。「日本電産の傘下に入ったシンポ工業(現日本電産シンポ)が中・大型モーターの製造販売に着手」という記事である。
シンポ工業は52年に京都市で創業した大証2部上場企業。歯車等で動力の回転速度を変える変減速機などの制御装置や計測機器で堅実な実績を上げていた。
しかし、バブル崩壊後の景気低迷で企業の設備投資意欲が減退する中、事業環境は悪化。92年以降4期連続で最終赤字を計上し、18億円を超える累積赤字に苦しんでいた。
そんな折、95年2月に日本電産グループ入りし、既存事業に加え、モーターへの新規参入も含め、再建計画を進めていくというのである。
西本はこのとき、後継者不在に悩んでいた大三工業というモーター制御装置のメーカーを担当しており、売り先を探していた。
「これ、ピッタリなんちゃうか?」
日本電産ともシンポ工業とも取引はなかったものの、西本は早速、さくら銀行の京都支店に掛け合い、日本電産の連絡先を聞き、訪ねていく。
「ところが、教えてもらった先が、人事部だったんです。人事部長に『おたくにいい会社があります』と切り出したけれど、塩をまかれるように追い返された」(西本)
ところが、とぼとぼと支店に戻ると、その夜、なんと日本電産会長の永守重信から直接、電話が入った。
「ええ話みたいやないか、明日の朝、もう一回来てくれ」と。
翌朝早く、永守に時間を取ってもらい、西本が大三工業について説明すると、永守は「よし、1、2、3、4次面接はパス。もう俺が最終面接や。今すぐ、その会社に電話せい!」。
西本が面食らいながら大三工業の社長に携帯電話で連絡すると、永守は電話を奪い取り、「今、銀行屋が来てるけども、本当に後継者がいないんですか」。社長が「そうです」と答えると、その後は話がトントン拍子に進み、翌朝にその会社を訪ねる約束ができていた。
まさに即断即決
永守流M&Aの現場
翌朝の集合時間は8時。西本は何とはなしに“予感”がして、7時ごろから先方の会社の前で待っていたという。すると、7時20分ごろから永守が会社の周りをうろうろしている。社屋や工場を見て回っていたのだ。西本に気付くと、「おまえ、早う来とったな。合格や」。
そして、その後、社長の案内で会社をくまなく見せてもらい、その場で永守は言った。
「合併しましょう。シンポ工業とぴったりや」
それまで企業のM&Aの現場には何度も立ち会った西本だったが、ここまで早い展開は見たことがなかった。「感動しましたね」。