スクラムは相手にペナルティーキックが与えられない反則、例えばボールを前に落とすノックオンやボールを前に投げるスローフォワード、ラインアウトでボールをまっすぐに投げ込まないノットストレートなどが発生した時に、相手ボールで試合を再開させるセットプレーとして組まれる。

 アイルランドのフォワード陣の合計体重は、実に1000キロ近くになる。稲垣を含めたフロントローの3人はプレッシャーの塊を真正面から受け止めるだけでなく、合計体重が600キロ近くになる、味方のフォワード5人の後押しも受ける。接合点には異次元の力が生じているはずだ。

 そのスクラムで、日本は負けなかった。金星へのターニングポイントをあげれば、6-12とリードされて迎えた前半35分に訪れた、アイルランドボールのスクラムとなる。日本のゴールが間近に見える場所。スクラムからいいボールを出されれば、さらに失点を重ねる絶体絶命のピンチだった。

 果たして、雄叫びを上げたのは日本のフォワードだった。アイルランドを押し込んだばかりか、反則を誘って窮地を脱した。最も自信を持っていた領域で打ち負かされたのだ。日本は一気に戦意を高揚させ、対照的に動揺を隠せなかったアイルランドは最後までフォワード戦で後塵を拝し続けた。

 スクラムの勝敗は、相撲の立ち会いにも通じるプロップ同士の激突に左右される。試合の流れを変えた手応えがあったからこそ、稲垣の胸中に万感の思いが込み上げてきた。そして、チームの誰もがプロップたちへ感謝しているからこそ、同じフォワードのラブスカフニが稲垣のもとへ寄り添ってきた。

 ラグビーでは先発する15人が「1」から「15」までの背番号を託される。プロップは左が「1」を、右が「3」を背負うが、心なしか番号が他のポジションの選手よりも小さく見えることがある。鍛え抜かれた背筋が盛り上がる、大きくて頼れる背中が錯覚を起こさせているからだろう。

 身長の高い選手がフォワードのロックに、小さくて俊敏性に長けた選手がバックスのスクラムハーフに、足の速い選手が同じくバックスのウイングに配置されることが多いラグビーで、もちろんプロップにも適性の体型がある。体重が重く、見るからにがっしりとした男たちが真っ先に指名される。