中華人民共和国は、米国に代わる「覇権国家」の座を狙っているようだ(第213回)。だが、それは絶対に無理だと断言したい。「覇権国家」は、カネの力にものを言わせて、他国を札束でたたき、武器で脅せばなれるというものではない。カネと武器で言うことをきかせても、カネが尽きたら他国は去っていくだけだ。

 米国が「覇権国家」として何をしてきたかを思い出せばよい。世界中に米軍を展開したのは、同盟国の領土を防衛しただけではない。同盟国が石油を確保するためのシーレーンを守るためだった。さらに、米国は同盟国を経済成長させるために同盟国の工業化を図り、その生産品を世界最大の米国市場に輸出させた(第170回)。

 東西冷戦の終結後は、中国も米国市場の恩恵を受けた。「世界の工場」となった中国は、日本など米国の同盟国の下請けとなって米国市場に参入するところから、世界第2位の経済大国への道をスタートさせたのだ。

 つまり、「覇権国家」の最も大事な条件は、「寛容」であることなのだ。ドナルド・トランプ米大統領の「米国第一主義(アメリカファースト)」によって米国は寛容さを失い、「覇権国家」の座から降りようとしているようだ(第211回)。だが、その座を中国が取って代われるわけがない。「寛容」どころか、言うことをきかなければ「子どもでも殺す国」に、どの国がついていくというのだろうか。

抗議行動を続ける若者たちにも苦言
なぜ高校生が前面に立ち、銃撃を受けたのか?

 一方、抗議行動を続ける若者たちに対しても、苦言を呈さざるを得ない。なぜ、中学生や高校生が警察の前面に立ち、銃撃を受けなければならなかったのかということだ。

 スローガン「水になれ」(ブルース・リーが目指した境地「Be Water」から)を基に「水の革命」と呼ばれるようになった今回の抗議活動は、明確なリーダーが不在ながら、ロシアの携帯電話用の通信アプリ「テレグラム」など、ハイテクノロジーを駆使して、デモ隊が変幻自在に動くのが特徴だ(第222回・P.6)。そして、次々と新戦術を生み出して組織戦を展開し、警察を翻弄してきた。