地域創生や地方経済の振興、都市開発やまちづくりの歴史に興味がある方は、本書に記された横浜の歴史のなかから、大切なヒントを見つけることができるかもしれない。(狩野詔子)

本書の要点

(1)半農半漁の寒村であった横浜は、11年に及ぶ埋め立て工事を経て開拓された。
(2)黒船とともに来訪したペリーら米国の使節を迎えるために横浜港が開かれた。これに伴い、東海道へ繋がる道が整備され、外国人や日本各地の大商人が横浜に集うようになり、横浜は貿易拠点として発達していった。
(3)明治時代には横浜港に船渠が築かれ、造船事業が多くの雇用を生み、横浜の経済を成長させた。
(4)横浜の成功の背景には、外からやってきた人々の貢献があった。新たに拓かれた土地であることが、これらの人々を受け入れ、多様な文化が混じる要因となった。

要約本文

◆「みなとみらい」ができるまで
◇横浜市の新都心「みなとみらい」

「みなとみらい21(通称・みなとみらい)」とは、横浜市の沿岸部にある新都心の名称である。総面積は186ヘクタールあり、そのうち76ヘクタールは新たに埋め立てられた土地だ。かつての海岸線よりも沖合にあたる地区には、イベント会場として知られる「パシフィコ横浜」を擁している。

 みなとみらいの特徴は、官民連携で新都心開発が行われたという点だ。三菱地所が保有する「三菱重工横浜造船所」があった土地に加えて、横浜市の「国鉄清算事業団」の土地、横浜市とUR住都公団が所有する「新しく埋め立てられた土地」の3つの土地が、みなとみらいには含まれている。

 みなとみらいは今でこそ、デザイン性の高いオフィスビルや、高級マンションが立ち並ぶラグジュアリーな景観を備え、憧れの念をもって見られている。しかしかつては造船所と、港に荷揚げされた物資を運ぶ貨車の引き込み線があるのみで、昼も夜も金属音が鳴り響き、溶接の火花が激しく飛び散る地域であった。