2019年11月末の通貨供給量(マネタリーベース)の対GDP比率(GDP=7~9月期〈年率換算、季節調整済み〉)
金融政策の限界論が内外で高まる中、物価目標の達成・維持への信認は低下しており、米欧の中央銀行は金融政策の見直しに取り組み始めた。日本銀行は2016年9月に枠組みを変えたが、その一つの柱である「オーバーシュート型コミットメント(消費者物価上昇率の実績値が安定的に物価目標を超えるまで、通貨供給量の拡大を継続)」に、市場関係者などから再考を促す声が上がっている。
通貨供給量の拡大は主に長期国債買入れによる。長期金利の下がり過ぎ(国債価格上昇)もあって国債買入れは減少し、年間約80兆円の保有増の目途に対して11月の対前年同月比は20兆円で、通貨供給量の拡大も15.7兆円でしかない。今後、高水準の国債償還が続く見通しの下、金融緩和の副作用対策として超長期金利の適切な水準への引き上げが望ましいと判断し、国債買入れを控えようとしても、通貨供給量拡大の約束がそれを難しくするというのがその理由だ。ただ、問題はこのような技術論にとどまらない。
日銀の期待は、これで物価目標の実現に向けた揺るぎない姿勢が国民に伝わり、目標実現への人々の信認が強まり、予想インフレが上昇することだ。実際、通貨供給量の対名目GDP比は異次元緩和前の20%台から足元では92.5%まで上昇している。ただ、経済・物価に関係するマネーは家計や企業が保有するマネーストックであり、それと通貨供給量の動きには大きな乖離がある。今のところ「物価は上がらない」という国民の予想の転換に成功していない。
他方、この状況では莫大な通貨供給量が今後も長く維持されるだろうが、いずれ企業や家計が保有マネーを動かし物価が上昇し始め、予想インフレも上昇することになろう。物価目標に到達する前に金利に上昇圧力がかかるが、日銀が政策金利の引き上げに慎重になると国債の大量買入れを余儀なくされ、通貨供給量は大きく増えるだろう。そのとき予想インフレは加速しかねず、それを物価目標で食い止められるとは思えない。オーバーシュート型コミットメントは今のうちに考え直すべきだ。
(キヤノングローバル戦略研究所特別顧問 須田美矢子)