83年10月、ベイルート国際空港内にあった米海兵隊の兵舎に5トンを超える爆薬を積んだ車が侵入して自爆する事件が発生し、300人以上の死傷者を出す大惨事となった。米海兵隊員に加えて、米海軍や米陸軍でも多くの犠牲者が出ている。海兵隊兵舎爆破事件が影響したのか否かは不明であるが、テイラー氏は事件の翌月に軍を除隊している。

ベイルートでの米海兵隊兵舎爆弾テロ1983年10月23日に発生したベイルートの米海兵隊兵舎爆破事件では多くの死傷者を出した。写真は生存者を探す米海兵隊員 Photo:Peter Charlesworth/gettyimages

最初のつまずきはアフガニスタンからの
米紙記者救出の失敗

 これまでの裁判記録などから、テイラー氏が米ボストンで設立したアメリカン・インターナショナル・セキュリティー・コーポレーション(以下AISC社)が、紛争地での要人警護や施設の警備、兵士の訓練などを業務として行ってきたことが判明している。テイラー氏は米国政府の依頼を受けて、片方の親に国外に連れ出された子どもを何度も米国に連れ戻したと報じられているが、どのように救出活動を行ったかの詳細は明らかにされていない。

 しかし、ある誘拐事件で、交渉人として誘拐犯に人質の解放を求めたテイラー氏の仕事ぶりは、ピューリッツァ賞受賞歴のある米国の著名なジャーナリストによって2010年に出版されたノンフィクションの中で「失敗例」として紹介されていた。

 現在は雑誌「ニューヨーカー」に勤務するジャーナリストのデービッド・ロード氏は、米「ニューヨーク・タイムズ」の特派員としてアフガニスタンで取材活動を行っていた08年11月、タリバンの強硬派として知られるハッカニ・ネットワークのメンバーらによって拉致された。

 ロード氏が拉致されてから間もなくして、ニューヨーク・タイムズはロード氏の身柄の安全と早期の解放を求めて誘拐犯と交渉することを決め、ネゴシエーターとして選ばれたのがテイラー氏だったのだ。

 ロード氏は妻のクリステン・マルビヒル氏との共著『ロープと祈り:ある誘拐事件の話』を10年10月に上梓した。これは誘拐されたロード氏と、アメリカでロード氏の解放に尽力した妻のマルビヒル氏が、異なる視点から誘拐されていた8カ月間を振り返るという内容で、発売当初大きな話題を集めたことでも知られている。

 この本の中でマルビヒル氏は、交渉が始まった当初から、テイラー氏のやり方に疑問を感じていたことを明かしている。

 マルビヒル氏は著書の中で、テイラー氏が身代金を絶対に支払わない姿勢を最初から崩さなかったため、何度もテイラー氏に「身代金を支払わない場合、人質の身の安全は保障されるのか」と問い続けたのだという。テイラー氏はアフガニスタンで築いたネットワークを使って、身代金を支払うことなく人質を解放させることが可能だと主張したが、交渉が前進することはなかった。

 結局、ロード氏はもう1人の仲間と共に、09年6月に自力で脱出している。テイラー氏の「仕事ぶり」が細かく記されたのはこの本だけである。

 11年、テイラー氏とAISC社の今後を大きく揺るがす出来事が発生した。

 米国防総省からアフガニスタン軍コマンド部隊の訓練に関する契約を請け負ったテイラー氏とAISC社が、入札の際に不正行為を行った容疑でFBIの捜査対象になったのだ。この契約は当初100万ドル程度のものであったが、期間の延長や規模の拡大などで総額5400万ドルにまで膨れ上がっていた。捜査対象になったテイラー氏は、捜査を妨害する目的でFBI捜査官の1人に賄賂を贈ったが、これが明るみに出てしまい、捜査官と共に実刑判決を受ける。こうして、ユタ州の刑務所で14カ月を過ごした。