8万部を超えるベストセラーとなっている山口周氏の『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』。同書にも詳しく書かれているが、山口氏は「正解を出せる能力」に価値が置かれてきたこれまでの時代に対して、これからは「問題を生み出せる能力」が求められるようになるという。次の時代の「優秀さ」とは何なのか?(構成:塚本佳子)

この記事は、2019年12月4日に京都造形芸術大学の東京・外苑キャンパスにて開催された、通信制大学院 学際デザイン研究領域MFA開設記念特別講義を再構成したものです。

第1回:https://diamond.jp/articles/-/226432

時代によって変化する「優秀さの定義」

山口周(以下、山口):第1回で、「高給取りがほぼサイエンス側に属している」と言いましたが、これは「優秀さの定義」という話につながります。

みなさんは「優秀さ」をどう定義しますか?

「偏差値が高いこと」。これが今の日本では一番わかりやすい答えです。偏差値65の人と偏差値70の人がいたら、70の人のほうが優秀というのが、今の日本の考え方です。

書店のビジネス書のコーナーに行くと、「東大流○○」とか「京大流○○」というタイトルの本がたくさん出ているでしょう? まさに、「偏差値の高い人は優秀」という世の中のステレオタイプの象徴です。

しかし、本来、優秀さの定義は世の中の状態によって変わります。

例えば、2万年前の原始時代なら、偏差値が高いとか方程式が解けることにはなんの価値もなかったわけです。動物を捕まえられるとか、切れ味のいい石斧が作れるとか、火をすぐにおこせるとか、そういう能力が優秀さの証だったわけです。

これが中世になると、占星術の知識を持っているとか、牛馬を自由に操れるとか、植物に詳しくて新種の食べ物を作れるといった能力が優秀な人間とされました。

つまり、優秀さをシンプルに定義するならば、こういうことです。

「その時代に必要な、希少なものを生み出す能力」