『ファスト&スロー』のダニエル・カーネマンの研究では、感情的な幸福は年収約7万5千ドルで頭打ちになってしまう(ストップするわけではないが、幸福の伸びは著しく鈍化する)。欲しいものが手に入るのだから、この結果は不思議なようにも思えるが、その理由の一つは「どんな幸せにも人は慣れてしまう」という一つの特性が関わっている。誰しも経験があるだろうが、望ましい状態を新しく一つ手に入れると、その瞬間は嬉しくて満足しても、すぐにそれがあることに慣れきってしまう。すぐに誰かと比較をして、あれがほしいこれがほしい、と欲望が湧いてくる。

“若い頃は家と車とテレビさえあれば十分だったのに、年をとるにつれ、どうしても別荘を持たなければやっていけない、と思えてくる。16年の月日のあいだに、所有している数が平均1.7アイテムから3.1アイテムに増えたというのに、同時に、理想的な生活に必要だと考えるものも、平均4.4アイテムから5.6アイテムへと増加。いつになっても、二つばかり足りないということになります。”

 これはある意味では当たり前の結果ともいえる。社会的地位や物質資源など欲しかったものを手に入れて満足してしまうような個体は、いつまでも理想を追い求めて行動し続ける個体と比べ淘汰されやすかったはずだ。物質的豊かさを求めて行動するのは、それが幸せにつながるからだと多くの人が信じているが、長期的な幸福という観点からみると、そう騙されているにすぎない。

 無論、一定のところまでの金銭的な報酬は、安定的な生活を送るために一定の金は必要だ(たとえば家や服、食事がとれない、暖房や冷房が使えない状況では普通に幸福度が下がる)。また、基本的に人は不幸にも慣れてしまうものだが、仕事をやめなければならないほどの長期の病気や障害を負うと、これまた幸福度は下がる(そうした人たちの生活満足の平均は6・49で、そうでない人の6・39と比べると独身者・既婚者の差ほどになる)。重要なのは一定の収入と健康なのだ。