例えば病院で医療に関わる女性は多い。子どもを預けながら働いている人のことを考えなければ、医療の縮小につながる。実は09年の新型インフルエンザの時も、学校閉鎖の時には医療機関に勤めている人の子どもが優先的に保育園や学童保育などを使えるように決めていました。本来であれば、事前にそういう検討を丁寧にやる必要があった。

岡部信彦新型コロナウィルス感染症対策専門家会議委員・川崎市健康安全研究所長おかべ・のぶひこ/1971年東京慈恵医科大学医学部卒業後、小児科で臨床医として勤務。78年米バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員、91年 世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長、95年 慈恵医大小児科助教授、97年 国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年同センター長。09年の新型インフルエンザでは厚労省の専門家会議と内閣府の有識者会議委員を務める。13年から現職。

──今回は、全国一律学校閉鎖するほどの事態ではなさそうだと。

 そもそも、1日で決定して実行するほど緊急性が高いものなのか。今回のように、何の事前の準備もなしにいきなり断行する必要があるのは、致死率が50%というようなときです。僕は致死率20%のSARSでもそこまでやるのはおっかないと思う。僕は医学の方の専門家ですが、今回の措置は医学的な効果よりも社会的なインパクトの方が大きいだろうと思います。

 コミュニケーションの方法の問題もあります。僕らは患者さんを受け持っていてあまり悲観的なことは言いません。例えば患者さんに「致命率が10%あるので危ないですね」というと患者さんはドキっとしますよね。「90%は大丈夫です」といえば、同じことではあるけれど受け取り方はだいぶ違いますよね。そういう配慮ある説明がないと社会不安を生みますよ。社会的な影響を踏まえてやるという判断がすっとんじゃったんじゃないかな。

──岡部さんが専門家委員を務められた09年の新型インフルエンザ流行の時には、どのような対策が取られたのでしょうか。

 新型インフルはメキシコなどでは十数%の致死率がありましたが、日本で致死率と全体の死亡数を下げるという意味では成功しました。残念ながら亡くなった方はいらっしゃいましたが。あの時は、神戸で高校生に感染者がみつかり、小学校から高校まで関西全域に広がってしまった。当時の発症者は若者や子どもだったので、関西地方の学校を一律的に1週間休校にしました。ただ、その学級閉鎖で子どもたちが動かなかったため、その後大人の感染はなく社会に漏らさなかった。当時は批判も浴びましたが、関西方面での封じ込めには成功しました。その間に、緊急的な対応が多少は準備できましたから。