おじさん構文は悪くない
悪いおじさんがいるだけだ

「おじさん構文」に面食らってしまうのは、そこにギャップがあるからではないだろうか。偉い人であるはずの、大人であるはずの、落ち着いているはずの年上男性の「感情」が、おじさん構文には散りばめられている。翻ってみれば、それは「属性が『大人』や『男性』であれば感情(特に喜や哀の)をストレートに出すべきではない」という偏見が生み出したギャップであるとも考えられる。

 また、おじさん自身も「感情を出すのは男らしくない」などの抑圧を受けて、歪んだ感情の出し方をしているように見える。「さみしい」「つらい」と素直に言えないから「○○ちゃんに、癒してもらおうかな(唇の絵文字)ナンチャッテ(笑)」とごまかしている人も多いと感じるのだ。おじさんたちもまた、ジェンダーによる抑圧の被害者という一面を持っている。

 当然、年上の男性と年下の男女であれば、社会的に年上の男性側の権力が強い場合がほとんどだ。年少者への自分のメッセージが強要やハラスメントと受け取られる可能性はないか、コミュニケーションにおいてより気を遣わなければいけないのは年上男性のほうだろう。

 しかし、「おじさん構文」を吊るし上げて笑ってもOKという風潮には、わたしは疑問を持ち続けたい。おじさん構文には、男性への抑圧と、その人の内面、優しさやチャーミングさがギュウギュウに詰め込まれてもいると思うから。

 まったくおじさん構文とは感じない文章でセクハラをしたり、毎日何十通ものメッセージを送ったりする年上の男性もいた。繰り返しになるが、おじさん構文が悪いのではない。おじさん構文を使う悪いおじさんがいて、それが面白おかしく取り上げられているだけだ。

 おじさん構文やハラスメントに悩まされているならば、もちろん周囲の人に相談してほしい。でも、見た目がおじさん構文だというだけで笑うのは優しくない。もし心に少し余裕があるならば、メッセージに詰め込まれた優しさやチャーミングさを感じ取ってみてもいいのではないだろうか。「かわいいおじさん」、みんな好きじゃないですか。