サイズ別、色別に浴衣や足袋が用意してあり、備えも万全なのでこちらからあえて仲居さんを呼ぶ必要もありません。

 つかず離れず、絶妙な距離感でお客様をリラックスさせてくれるのです。

 来てほしい時以外には来ない、手を出してほしい時以外には手を出さない。この絶妙なバランス感覚です。

 放っておくというのは、気をつかわない、無関心とは違います。気づかっているからこそ、放っておく。

 ただし、気をつかっているということが表には出ないのです。だから、相手も余計な気づかいをしなくて済む。

 これは日本的な気づかいの一つの到達点だと思います。

声をかけることだけが
接客ではない

 若手時代、三越の日本橋本店で特選売場という高級ブランド品の販売を担当していたことがありました。

 特選売場にいらっしゃるお客様というのは、何十万円という金額をポンと出せるような方々で、いわゆるVIPのお客様が多いのです。

 そういうお客様に対してどんな接客をすればいいかというと、私の場合は何もしないようにしていました。ただ、笑顔で立っています。

 というのも、そうしたお客様というのはあらゆるおもてなしを受けてきていて、たいてい何でもご存知です。商品に関する知識でも、世情や社交界に関することでも、私よりもよほど詳しいのです。

 VIPのお客様だからと変に気合を入れて商品の説明をしたり、必要もないのに構ったりというのはこちらの都合であり、お客様は求めていません。

 お客様が大切にされているのは商品を買うまでの時間や空間、雰囲気であり、その商品を買う価値があるかどうかはお客様自身が決定されることなのです。

 だから、あえて何もしません。