もう1つは、変革がある程度の段階まで実現すると、社内や上司の中から、関わりたい人や自身が前に立ってやりたがる人が増えてくるということです。企業変革を任されたプロ経営者は、周囲から見れば貧乏くじを引いたようなものですから、最初は誰もうらやましがったりしません。しかし変革の成功が見えてくると、関与したがる人が増えてきます。どんな動機であれ、組織としてはそうした自発性が出てくることは歓迎すべきことで、変革が次のステップに入ったということを意味します。プロ経営者として、そうした人たちと手を取り合って最後まで変革を進めていくという選択肢もありますが、その状況はすでに学び合える関係ではなくなっています。いわゆる潮時です。

 ここから完全な成功のために調整しながら一緒に仕事をすることは「惰性」であり、新しい目標に向けてリセットをするのがプロのスタンスとして正しい、と私は考えています。

 そこにまたプロ経営者の悲しさもあります。成果を出せばプロ経営者の役割は終わりで、変革の果実を味わうのは結局他の人たちなのです。しかし、それにあらがうのは無意味です。構造的にそうならざるをえないからです。

 プロ経営者が断固として抵抗すべきは、目標を達成するまえに志半ばで役割を奪われてしまうことです。それには何としても抗わなければなりません。目標は何としても達成する。5年でも8年でもいい。経営者それぞれの見据えた期間の中で是が非でも達成する。そして、それができたら潔く身を引く。身を引ける状態や組織に仕上げておく。それがプロ経営者の在り方です。

後継者選びに関与してはいけない

 プロ経営者が去った後にも、組織に経営者は必要です。しかし、後継者を選ぶことはプロ経営者の役割ではありません。最初の契約の時点で後継者選びがミッションとなっていれば別ですが、プロ経営者はできる限りそれを避けるべきだと私は考えています。自分の「スタイル」を誰かに受け渡すことは不可能だからです。

 プロ経営者に必要なのは方法論だけではありません。センス、感性、勘、ひらめき。そのような力がなければプロ経営者にはなれないと私は思います。そしてそれらは、誰かに引き継ぐことが困難なものです。私に人並み外れた感性や勘があるということではありません。しかし、多少なりともそれがなかったら、組織の再生を成功させることはできなかったでしょう。その感性や勘はあくまでも私だけのものなので、人に伝えることはできません。

 つまり後継者を選んでも、必ずそこに不満が生まれます。「自分だったらこうする」、後継者、変革に関わった組織にも愛着があり、ひと言を言いたくなってきます。しかし、変革を終え、契約を終えたら、その組織への口出しも影響力の行使も一切やめるべきです。なぜならそこに責任は負えないからです。責任も役割もないところで何かを語ることほど意味のないものはありません。それはお互いにとってです。

 経営者の中には、一線を退いた後も「院政」を敷いて、隠然たる影響を発揮したがる人もいますが、それはプロのスタイルではないと私は考えます。