では、日本型オープンイノベーションの歯車を回していくためのポイントは何ですか。

井口 日本型オープンイノベーションで主導的な役割を果たすのは大企業だと思いますが、イノベーションがうまくいかない組織には共通点が見られます。すなわち、既存事業の既得権益が強いこと、過去の成功体験から抜け出せないこと、同質化したコミュニティの3つです(図表)。

 

 そうした現状を打破し、オープンイノベーションを推し進めていくためには、イノベーションに必要な要件は何かをあらためて定義することが大切です。私たちは3つの要件があると考えています。それは「情報」「資金」「人・組織」です。

イノベーション要件としての
情報、資金、人・組織

井口 イノベーションには2種類の情報が必要で、一つがオタク情報です。外部知識を取り入れて収益化を図るには、企業内の吸収能力(absorptive capacity)が重要だという考え方がありますが、オタクといわれるほど夢中でやっていることでないと、自社にとっての有効性や有益性を見抜くことはできません。

 もう一つは、周辺情報です。宮本武蔵の『五輪書』の中に、「観の目強く、見の目弱く」という言葉がありますが、見の目というのは対象を細かく狭く見ること。たとえば、相手が持つ刀の切っ先ばかりをじっと見ているとやられてしまう。視点を遠くに置いて相手をぼやーっと見るくらいの感覚が観の目で、視野を大きく広げて周辺情報もつかむことで、対象の本質を見抜いたり、戦況全体を把握したりできるのだと言っています。こうした周辺情報をつかむには、外部ネットワークを広げておく必要があり、オタク情報と周辺情報をつなげることが、技術開発から事業化へのプロセスをつなぐことにもなるのです。

木下 2つ目の要件である資金についてですが、私たちは会計ファームなので資金の使い方に関する相談もよく受けます。

 純投資であれば、回収期間を設定して、いくらリターンを上げるかといったオーソドックスな指標の設定の仕方でいいのですが、イノベーション投資となると自社の将来ビジョンをどう描いて、そのための成長事業をどう育てていくかという戦略がまず重要になり、KPI(重要業績評価指標)の設定の仕方もおのずと異なってきます。

 たとえば10年かけてインキュベートしようという新規事業に、既存事業部門と同じ期間収益率を求めていては育つものも育たない。5年目までは赤字だけど、6年目から回収に入り、10年目で既存の花形事業を上回る収益を上げる。そういう戦略があってもいいわけで、それを許容するKPIがないとイノベーションは進みません。

井口 そして3つ目が人と組織ですが、イノベーションの進め方としてよくある失敗例は、新規事業企画部門を立ち上げて、社外からその分野の知見のある人材をスカウトして「後は、よろしく」と任せてしまうケースです。たいていは、社内の事業部門から協力を得られず、計画が頓挫します。

 異端を取り込んで現状を打破するという選択肢はあってもいいのですが、日本の大企業でより現実的なのは、組織をぐいぐい引っ張っていく腕力があって、社内政治もわかっているエース級の人材に担当させることです。オープンイノベーションを進めるためには、社内と社外、社内の事業部と研究開発部門や事業部同士などいろいろな壁を打ち破っていかなくてはなりません。エース級人材の腕力や信頼でその壁を崩していくのが、日本では有効なやり方だと思います。

木下 日本の大企業にはそういう能力と意欲を持ったイノベーション人材が必ずいるはずです。その人たちに新しいプロジェクトを任せる時には、先ほど申し上げた資金の使い方と同じように、個人にひも付くKPIの設定の仕方を既存事業部門とは変え、人事評価制度もそれにリンクさせることが大切です。イノベーティブな挑戦は失敗の確率も高いですから、たとえ失敗してもチャレンジしたことを評価するような制度が必要です。

 情報、資金、人・組織、この3つの要件が揃った時、オープンイノベーションの歯車が回り始め、日本型のエコシステムも形づくられていくと思います。