挑戦する文化を育むために
根回しや忖度をやめてみる

髙波:勤勉は日本人の美徳の一つで、日本企業は非常によく勉強されている人が多い。特に海外の最新の経営理論やビジネスモデル、ベストプラクティスはよく学ばれていると思います。

 それは素晴らしいことなのですが、なかには型を学ぶことに終始しているのではないかと思われるケースもあります。武道や伝統芸能の世界では「守破離」といわれますが、型や技を学んだ後はみずからの工夫を加えてそれを崩し、独自の新しいものを構築していく。それが「道」を発展させていくことだという考え方があります。

 イノベーション創出のプロセスもそれに似ていると思います。型を学んだ後に新しいものを構築するうえで大切なのは、みずからの得意分野は何か、日本社会の課題は何かをよく見極めることです。

 たとえば、自動運転技術の開発で日本は後れを取っているといわれますが、アメリカの大都市に行けばわかる通り、渋滞の深刻さは日本の比ではありません。それに、アメリカは都市間移動に車で2~3時間かかるのはざらです。そういう大渋滞や移動時間の長さを考えると、自動運転は社会的課題の解決という点で大きな意義があります。

 しかし、日本の課題は別のところにあります。公共交通機関、特に鉄道網が発達している日本では、渋滞はアメリカほど深刻ではありませんし、都市間移動も鉄道を使えばいい。

 新たな移動手段が求められているのは、都市部ではなく過疎化や高齢化が進んでいる地方です。私は秋田県の出身なのでよくわかりますが、田舎にいると車以外に移動手段がありません。そして、自分では運転ができない高齢者が大勢います。

 雪の多い地方では、道路に消雪パイプが埋め込まれています。一方、ゴルフ場に行けば、地面に埋め込んだ電線で誘導する電動カートがどこにでもあります。巨額な資金と長い時間をかけて自動運転車を開発しなくても、消雪パイプと一緒に電線を埋め込めば、ゴルフカートと同じような無人搬送車を走らせることができるはずです。そのほうが、低いコストで短期間に社会的課題を解決できます。

 最新の自動運転技術の開発は手段であって、目的ではありません。日本の社会課題解決という目的に合った技術革新を考えるべきだと思います。

森:イノベーションが進まない要因の一つとして、社会的な実証実験に踏み出すまでに時間がかかりすぎること、そして、実証実験の規模が小さすぎることが挙げられます。そこは、政府主導で規制改革をもっと進めるべきだと思いますし、企業も積極的に参加すべきです。スマートグリッドやスマートシティの実証実験にしても、ごく一部の企業がごく限られた場所でやっているので、大きな成果を見ないままに終わってしまっています。

 それから、これは先ほどの話とも重なるのですが、失敗を許容する文化が日本全体として足りないと思います。新しいことにチャレンジして失敗した人は、組織の中でバツ印をつけられてしまう。それでは、チャレンジする人はいなくなり、失敗から学んでイノベーションを起こすことはできません。

  失敗した人にバツ印をつけるのではなく、そこからいかに成長させるかという文化を醸成できるかどうか。それが、日本にとって重要な課題だと思います。

髙波:そこはリスクマネーをどうとらえるかにも影響していると思います。リスクマネーというのは、自社がコントロールできるリスクの範囲内で、失敗するかもしれない分野にチャレンジするためのお金ということです。要は、使っていいお金という意味です。

 しかし、多くの日本の企業は、リスクマネーというと、すぐに失敗した時の減損処理のことを考えてしまい、リスクを取る前にやめてしまう。あるいは、本当にわずかな投資しかしない。それでは、大きな成果は上げられません。

 ここでも、リスクや失敗を許容する文化がカギになります。リスクマネーという言葉の真の意味を理解できれば、もっとイノベーション投資が進むのではないでしょうか。

森:チャレンジを奨励する文化をいかにつくるかを考えた時、まず取り組むべきは根回しや忖度をやめて、きちんと議論をすることではないかと私は思います。

髙波:つまり、合理性の追求ですね。

森:そうです。根回しをしていると、真剣な議論を通じて合理的な結論を導き出すことができませんし、上に忖度していると新しいチャレンジは生まれません。

髙波:そのためには、議論の場においてフラットな関係をつくるように上司の側が配慮する必要があります。議論の末の合理的な結論であれば、みんなが自分事ととらえて、オーナーシップを発揮するようになります。

 フラットな関係といっても、部下の意見を何でも受け入れろということではありません。足りない点があればどんどん指摘すればいいのです。とはいえ、自分が正しいと思うことは、誰もが躊躇せずに言える組織であるべきです。 部下に資料だけ用意させて、意見を言わせない、何も判断させないという組織は劣化します。意見を言ったけれど合理的な理由で突き返される、判断をしたけど失敗する。そういう悔しい思いを積み重ねながら、人は判断力を磨いていく。判断力は、後天的にしか身につけられないのです。


  1. ●企画・制作:ダイヤモンドクォータリー編集部