森:いま、倫理という言葉が出ましたが、それが企業経営の大きなキーワードとなっています。
マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)を著した20世紀初頭から近年まで、禁欲的な労働によって対価を得るという倫理感が資本主義の発展を支えてきました。
しかし、AIやロボットは人から労働の機会を奪う可能性があり、データエコノミーによって労働ではなく情報が価値を生み出す世の中に変わってきたことで、従来の倫理感が揺らいでいます。
そうした中で、世の中における企業としての存在意義をしっかりと再構築していかなければいけない。世の中で起きているさまざまな問題に、企業も一市民として強く働きかけていかなければならない。そういう意識が強くなってきたことが、株主第一主義からステークホルダー主義への転換という潮流を生み出しているのだと思います。企業の存在目的やそこで働く理由、つまり「パーパス」(Pur-pose)を提唱し、それを実現することの重要性が強く認識され始めたのも、同じ流れだと理解できます。
髙波:実は私たちKPMGも、「社会に信頼を、変革に力を」(Inspire Confidence, Empower Change.)というグローバル共通のパーパスを掲げています。監査や会計サービスを通じて企業の信頼性、透明性を高めることが私たちの任務ですが、同時に私たち自身も常にフェアネス(公平性)を意識して職務に当たり、顧客や社会からの信頼を得ていかなくてはなりません。
一つでもアンフェアな仕事を、社会的な信頼に背くような仕事をすれば、私たちはその瞬間に信用を失い、存在意義も失ってしまいます。ですから、このパーパスがKPMGにおいてはすべての判断基準になっています。
変革しないことは
衰退と同義
世界経済が不安定化する現状において、日本企業にとっては何が経営課題となってくるのでしょうか。
髙波:国連が公表した推計によると、世界の人口増加は2100年まで続く見通しですが、日本は海外諸国に先駆けて人口減少と高齢化が進んでいます。労働力不足や税収の減少、年金や医療制度の維持など、日本が抱える課題が今後、世界で表面化していきます。
一方、日本の対外投資は増加傾向にあるものの、日本企業が保有する現預金は2012年度から18年度までに27%増え、240兆円を超えています。つまり、さまざまな課題を抱えながらも、その課題解決のために資金を十分に活用できていない。それがいまの日本の姿だといえます。
安全性の高い社会に象徴されるように、日本は倫理感の強い国です。古くは近江商人の「三方よし」の精神や澁澤栄一の『論語と算盤』に見られる通り、事業運営においても社会との協調や他者との共存共栄という倫理感を持ってきました。
ですから、社会的課題の先進国である日本が、倫理的に正しいイノベーションを起こしていく、そういう可能性があると私は考えていますし、その可能性を現実のものにしていくことが、やがては日本と同じ社会的課題を抱えることになる他国への貢献にもつながります。
まずは、国内において社会的課題を解決するためのイノベーションに、もっと積極的に投資していくこと。それが日本企業にいま求められていると思います。
森:日本は、地震や台風など自然災害が多い国でもあります。こうした災害対策の面でもイノベーションが必要です。
たとえば、2019年は台風の上陸によって大規模停電が発生しました。これによって、大規模発電所を起点とする集中型の発電・送電システムのリスクがあらためて認識されました。今後は再生可能エネルギーを含めた分散型の電源を増やし、電力需要に合わせて柔軟に送配電するスマートグリッド化を推し進め、災害に強い電力インフラを構築することが急務です。
高波:気候変動対策にしろ、自然災害への対策にしろ、そうした社会的課題解決のためのイノベーション投資は、豊かな国にしかできないものです。日々の食糧や水、電力を安定的に確保することが大前提の国には、そうした余裕がないからです。
日本の課題解決の先には、常に世界の課題解決があるのです。その視点を忘れずに、社会的イノベーションに取り組むべきだと思います。