これがマスクなら、業者選定の過程で不透明な部分があったとしても、お金は無駄になりますが、国民は別のマスクを代わりに購入して使うという選択肢があります。しかし、アップル/グーグルが開発した仕組みを使う接触確認アプリに関しては1国1アプリの制限があるため、国民にとっては唯一の選択肢となります。委託先の選定は、マスクよりずっと、国の命運を左右しかねない大切な判断のはずです。

 また「アプリを使い続けてもらう」という点でも、別の懸念があります。このアプリが従来の政府によるIT調達と大きく異なるのは、「利用が義務化されていないのに、数多く使ってもらえるかどうかで社会の将来が決まる」点です。

 マイナポータルや特別定額給付金の申請、e-Taxなど、これまでの政府のITサービスでも使い勝手の悪さが批判されることはあります。ただ、これらのシステムは「ユーザーは使いにくくても義務を負うために使わざるを得ない」「一度システムが納品されたら頻繁に改修されることはない」ものなので、初めに要求された品質をクリアし、予算内・納期内に収められれば、それで良しとされてきました。

 しかしスマホアプリは「使い続けてもらうためにはアップデートが必要」というのが、開発者の間では常識です。これはメルカリやLINE、TwitterやFacebookといったアプリが頻繁にアップデートを繰り返していることを考えれば、一般の方にも分かっていただけるかと思います。しかも接触確認アプリは通常のBtoC向けアプリより、ずっと多くのユーザーに使ってもらう必要があり、運用の難易度は格段に高いはずです。

 特に接触確認アプリは試行版としてリリースされたこともあって、アプリとしてはよくある不具合を残したままであったり、Bluetoothの設定がうまくいかないユーザーが出たりといった課題も現れています。どうも、政府・厚労省が公開を急いだことにより、オープンソース開発者から運営事業者への引き継ぎがうまく行われていないことや、厚労省の側がアプリならではの開発手法や運用におけるアップデートの重要性などを把握できていないことが、こうした不具合につながっているようにみえます。

 これらの点だけを見て、感染拡大の防止とセキュリティー/プライバシーの確保の両立に、さまざまな善意の関係者が心を砕いて開発・公開されたアプリが「政府のアプリだから信用できない」、あるいは「やっぱりオープンソースは信頼できない」といった評価になることは、本当に残念なことです。今後「シビックテックに大切なものは任せられない」などという論調にならないことを心から祈ります。