アップル、全レコード会社、テイラー・スウィフトらアーティストを敵に回し、
アマゾン、グーグル、ジェイ・Zと競合し、
マイクロソフト、テンセントがその支配を狙う――。
スウェーデン発のIT企業スポティファイは、この絶望的なまでに不利な立場でありながら、いかにして生き残り、なぜ有料会員1億人超の世界No.1音楽ストリーミング企業へと成長することができたのか。この度、企業評価額約3兆円を達成したスポティファイのすべてを世界で初めて明らかにした書籍『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』が発売となった。今回は、同社のCEOダニエル・エクが同僚に語ったという「ジョブズからの無言電話」のエピソードをご紹介しよう。
スウェーデンのIT企業vsシリコンバレーの巨人
2010年末。スポティファイのアメリカ進出は、大幅に遅れていた。
ダニエル・エクはその理由がわからず首を傾げていた。
「そういえば、彼から電話があったけど、荒い息遣いをしていただけだったな」と、彼は同僚に言った。
「誰から?」
「スティーブ・ジョブズ」
同僚は耳を疑った。
「でも、何も話さなかったんだろ? どうして、彼だとわかる?」
「僕にはわかったんだよ」
ダニエル・エクは、当時、音楽業界で支配権を握っているのは誰かを理解していた。アップル社からの妨害は常に悩みの種だった。仕事へ向かうときも、ニューヨークやロサンゼルスに向かうときも頭から離れなかった。2006年の創業以来ずっと、スポティファイに暗い影を落としているのはアップル社である。当時すでにスティーブ・ジョブズは、ネットショップiTunesやMP3形式で操作するiPodなど、デジタル音楽販売において世界最大のプラットフォームを築き上げていた。
ダニエルが電話をもらったという2010年末、スティーブ・ジョブズはiPhoneを手にアンドロイドとの戦いに明け暮れていた。アップルの盤石な音楽サービスを武器に、グーグルのモバイルシステムとの「聖なる戦い」を展開していた。バラ売りされた曲をファイルとしてダウンロードするというのが彼の手法で、楽曲にロックをかけてアンドロイド端末では聴けないようにしていた。その対極にいたのがダニエル・エクだ。それが功を奏した。スポティファイは、どのプラットフォームでも音楽を一瞬でストリーミングでき、さらに広告を我慢すれば無料である。スティーブ・ジョブズはこのモデルが優れたものであると見抜いていた。このスウェーデン人たちが、アメリカで販売ライセンスを取得し、突然グーグルに買収されたらどうなる?
ダニエル・エクにとって、アメリカ市場は重要である。何年も悪戦苦闘したのちに、アメリカ進出への道筋をつけた。マーク・ザッカーバーグとは個人的な友人関係を築いた。アップル社に近い、強力なレコード会社ユニバーサル ミュージックとも契約締結の準備は整っていた。しかし、ユニバーサル社の取締役会は署名を渋っていて、まだ動きがない。あとはスティーブ・ジョブズとの交渉を残すのみ。ダニエル・エクは部下に交渉の場を設定するよう命じており、彼らはベストを尽くすと約束している。
しかし、複数の情報筋によると、ダニエル・エクは、アップル社の最大のライバルとは一度も顔を合わせたことがないという。クパチーノの彼は健康状態が悪化しているにもかかわらず、使命に燃えて戦いを続けているらしい。一方、スポティファイの普及を進めているのはひとりの神経質そうな秘密主義の人物だ。ダニエルの同僚は、電話口で荒い息をしていたのが本当にスティーブ・ジョブズだったのか知る由もない。ひょっとすると、ダニエルの作り話だったかもしれない。