昨年に発売されて以来、10万部に迫る売れ行きの『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』。著者の佐宗邦威氏は、戦略デザイナーとして企業などのビジョン構築支援などを手がけている人物だが、足元のコロナ禍の影響もあいまって、同書が思わぬ広がりを見せているのだという。個人の「内発的動機=妄想」を起点とした思考法は、いまどのような意味を持つのか? 佐宗氏へのインタビューを前後編の2回にわたってお送りする(聞き手:藤田悠/構成:高関進)。

ポストコロナでクローズアップされる
「自分モード」

――ここまで、企業や学校に対してどんなインパクトがあったかというお話をうかがいましたが、個人レベルではどうでしょう?「こんな読まれ方をした」など、面白い反響はありましたか?

佐宗 個人でもいろんな反響がありました。「自分モードの時間がなかったことに気づいた」とか、「モレスキンのノートを買いました」などです。モレスキンのノートは、実は本を読んでかなりの人が購入されたようです。これまではすべてのものをオンライン化しようという環境でしたから、逆にノートに何かを書き留めること自体、すごくユニークなものととらえたようです。そういう、「自分自身と向き合う場」をつくろうという人が多かったですね。

コロナ禍でのテレワークのなかで、みんなが誰とも会えないで毎日生活するようになって、「今日の感染者数は何人」「政府のここがダメ」みたいなニュースを毎日見続ける環境、いわゆるインフォデミックになってしまいました。そういうニュースに対してさまざまな感情が溜まっていきますから、自分の感じたことをそのまま書くというジャーナリングによって、自分自身の感情に気づくことができてすっきりした、地に足がついた、という方はけっこう多かったです。

――そうですね、SNSを見ても、自分モードと他人モードの違いや、ジャーナリングに関する感想や反響は非常に多かったですね。そうこうしているうちにコロナの感染が拡大してしまって、ある意味では否応なしに自分モードにならざるを得ない環境になってしまった。「面白い」というと語弊があるかもしれませんが、ある意味この状況下でのインパクトは大きかったと思います。

佐宗 コロナでステイホームをしていた2ヵ月のあいだで、「日本人は社会からのプレッシャーによって動かされる人が多い」ということに気づきました。「自粛警察」のような世間の眼を気にする。日本社会では、自分が所属している場、コミュニティにおける評価が自分自身の善、良し悪しを決めてしまうという特徴がもともとあったと思うんです。

しかも現代は情報環境が整っていて、情報がどんどん入ってくる。ですから、せめて自分自身から内発的に出てくるものにアクセスする時間がもっとあったほうがいい。それで「自分モード」という提案をしたんです。

今回のコロナによって、誰もが自分の家中心、自分自身を中心に生活せざるをえなくなって、周囲、たとえば会社の上司の言動とか、会社の出世コースはどうなるのかという考えから、客観的に離れるきっかけができました。そうなって、やろうと思えば自分のやりたいことも自由にできる、自分のやりたい方向へガンガン進めるということがテレワークの環境でわかった。

一方で、外発的な刺激でしか動けなかった人は、この時期どう過ごしていいのかわからない。1日に8時間もZoomミーティングに出て、「何やってんだろ、俺は」みたいなことを感じた方もいらっしゃいました。つまり、自分自身の内面にアクセスできていなかったことに気づいた方もけっこう多かったようです。

――確かに今回のコロナで、今までの自分と一度距離をとることができたり、自分と向き合う時間ができたというのはすごく大きいと思います。

ビジョンを形にすれば
自分への自信が生まれる

――本の出版後、東京大学の研究室と共同研究もなさったそうですね。

佐宗 以前対談させていただいた、アーティストの熟達研究などをされている東京大の教育学研究科の岡田猛先生です。岡田先生は、本のテーマに関して発売前から非常に興味をもっていただいていたんです。

やりたいテーマを自分で見つけて作品として表現する、つまり妄想から作品をつくるのがアーティストですが、その過程でどういうことが起こっているのかを心理学的な視点で分析して書いてみたら面白いんじゃないか、ということで、一緒に研究させていただくことになりました。

すでに何回か授業をやっていて、2019年の12月には15人ほどで、一人ひとりのビジョンをアート制作する、リアルなワークショップを行いました。それから今年の6月にはオンラインで、これも15人くらいの方に実際に自分のビジョンをアート作品にしてもらいました。

――受講者は一般の社会人ですか?

佐宗 東大と協働している企業の方と、僕のオンラインコミュニティに参加していただいている方の半々くらいです。

もともと『直感と論理をつなぐ思考法』のベースになったのは、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)で全5回行った「自分のビジョンをアートにして展示する」という試みですが、それをもう1回データをとりながらやったという感じです。

――受講者の方には何か変化がありましたか?

佐宗 ワークショップの前後に60問ほどの心理学的知見でつくったサーベイをやって、ワークショップの前と後との状態を比較したんです。現在、個別のデータを詳しく分析しているところですが、非常に印象的だったのは、「自分の人生に意味がある」と答えた人の数が、ワークショップ後にかなり上がったことです。

また、ポジティブ感情とネガティブ感情についての結果も興味深いものでした。自分自身が人生をどうとらえているかについて答えてもらったんですが、ワークショップ後はポジティブ感情、たとえば「自分に誇りをもてる」が有意に上がる傾向がみられました。

この結果を生むメカニズムについては、さらに研究と実験を積み重ねて論文化していく予定なのですが、現段階では以下のような仮説を持っています。

多くの人が、自分自身のビジョンはクリアに見えていなくて、仮に何かしらあったとしてもそれは言語化されないとわからないし、それが自分にとって「これはいいぞ、いける」と思えないと、なかなかビジョンを育てていけないんですね。そういうときには一度制作してみると、制作過程で「自分はこれをやりたかったんだな」という納得感が出てきます。

制作するということは、言葉を変えれば、常に自分が選択をしていくようなものです。これを描くかこれを描かないか、ここを大事にするのかしないのかなど、自分のビジョンに対する選択のプロセスが無限に存在します。それを経ることによって、自分自身がやりたかったことが明らかになってきます。

制作したものを誰かに見せ、その誰かからフィードバックをもらうというプロセスを通じて、「自分の人生について、僕自身はこういう意味をもっているし、ほかの人からもそれはいいと言われているから自分もやりたいし、これをやっていけば自分にとって意味がある人生になっていくにちがいない」という自分の存在意義=実存における自信を持てるようになるのではないかと思っています。

そうした変化が起こった結果として、「自分の人生に意味がある」と感じる人が増えたと思います。

これは自分が生きている意味を感じないと思う人の多い現代においては、かなり意義のある結果だと思っており、現段階ではまだ仮説ですがこの考え方のメカニズムが証明できれば、ビジネス、教育をはじめとして、応用が広いのではないかと考えています。