『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』佐宗邦威氏の対談シリーズも、ついに第10弾となる。今回の対談パートナーは、アーティストの熟達過程や創作活動における認知プロセスなどを専門的に研究している東京大学大学院の岡田猛教授だ。
カイゼンや戦略がとかく重視されがちなビジネスの世界に、個人の内発的な「妄想」をベースにした思考アプローチを持ち込む佐宗氏だが、こうした思考法のモデルになっているのは、ほかでもなく「アーティスト」のそれである。VUCAと言われる変化の時代に、われわれがアーティストに学べることとは? 両氏の対談を全3回にわたってお届けする(構成:高関進 最終回)。

「無駄のない効率的な学習」の落とし穴

ワークショップは「探索する場」

佐宗邦威(以下、佐宗) 世の中のほとんどの仕事は、役割が決まっていたり、前例・ルールがあります。でも、VUCAと言われるようなこれからの時代では、自分でいかに自分のルールをつくれるかが大事になりますよね。

制約をクライアントとかマーケットから制約が与えられているゲームと、自分で制約を決めないといけないゲームでは、プレイの仕方がぜんぜん違ってきます。こういうとき、アーティストの方たちの活動というのは、参考にすべき点が多いだろうと思っています。

「無駄のない効率的な学習」の落とし穴岡田 猛(おかだ・たけし)
東京大学大学院 教育学研究科 教授(学際情報学府兼担)
カーネギーメロン大学大学院博士課程修了(Ph.D. in Psychology)。ピッツバーグ大学学習開発研究センター博士研究員、名古屋大学大学院 発達科学研究科 助教授、東京大学大学院 教育学研究科 准教授を経て、2007年より現職。創造的認知プロセス、とくに芸術創作の場において、アイデアが生まれ、形になっていくプロセスや、その教育的支援について研究を進めている。編著に『触発するミュージアム――文化的公共空間の新しい可能性を求めて』(あいり出版)など。

岡田猛(以下、岡田) 創作活動の世界でも、ある程度ステップが決まっているものはあります。たとえばクラシック音楽のピアノは、バイエルからはじまってブルグミラーへというように進んでいきますが、このようなステップを踏んでいけば、誰でもある程度のところまでは到達できるようになっていきます。

しかし、たしかにほとんどの創作の世界は、ステップとか基準とかが何も明確になっていないのが普通です。そういうなかでは、いかに手探りで「探索」をできるかが重要になってきます。

われわれはストリートダンスの研究もしているのですが、個々の技術に注目する限り、ダンサーたちはなかなか上達しないことがわかります。大会でバトルをやったあとにそれを研究し、技を磨いたりもしているのですが、たとえば、ある技での回転数を調べても、練習を通じてその数が飛躍的に上がったりはしない。なぜなら彼らは、回転数を上げることに血道を上げているわけではないからです。

では、彼らは何にフォーカスしているかといえば、技のバリエーションなんですね。次なるパフォーマンスに向けて、新しい動きを「探索」することに注力している。

創作の世界では、決まったステップを踏むだけでは、特定の分野でのドメインスキルを学ぶところまでしかいけません。そこからさらに、何か新しいものを生み出すためには、やはり初期の頃から探索が不可欠です。探索の余地を残すという意味では、あまりにも効率的に学んで「無駄」を排除してしまうのはかえってよくない。

佐宗 他方、ビジネスの世界で「探索」を実践できる人は、相当自信のある人でしょうね。そうでない人のほうが圧倒的に多いででしょう。「お金を稼がなくていいから、ひとまず試してみる」というようなプロジェクトの場がないので、そもそも探索のためのスキルをなかなか伸ばせないのです。そのためには、個人ベースでもいいので、「意味がないかもしれないことをやる」ための環境づくりが決定的に重要だと思います。