昨年に発売されて以来、10万部に迫る売れ行きの『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』。著者の佐宗邦威氏は、戦略デザイナーとして企業などのビジョン構築支援などを手がけている人物だが、足元のコロナ禍の影響もあいまって、同書が思わぬ広がりを見せているのだという。個人の「内発的動機=妄想」を起点とした思考法は、いまどのような意味を持つのか? 佐宗氏へのインタビューを前後編の2回にわたってお送りする(聞き手:藤田悠/構成:高関進)。
ビジネス&教育現場へ
広がりを見せるVISION DRIVEN
――『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』の刊行から約1年半たちました。この間、どのような広がりがあったか教えてください。
佐宗 おかげさまで、いろいろな分野の方々から反響をいただきました。特に多かったのが、IT企業やディープテック系のスタートアップ、研究所などのテクノロジーで未来をデザインするようなビジネスの現場の方々です。そうした人たちから、「この本に書かれている『テクノロジーを活用した社会像』を提示するビジョン作りが必要だという課題意識を持っていましたが、目に見えないビジョンをどうデザインすればいいのかというイメージが湧きました」といった感想を多くいただきました。
また、印象的だったのは、哲学など人文科学の分野の方や、教育現場の方からの反響です。哲学では、構造構築学を提唱しエッセンシャル・マネジメント・スクールの代表でもある西條剛央先生が、本で示した4世界のイラストを見て、「これは世の中のものの見方に対する新しい思想の提示だ」「方法論の話はよくあるけれど、新しい思想、ものの見方を絵にして提示する日本人はあまり見たことがない」と言っていただいたり、至善館でもご一緒している宗教社会学の橋爪大三郎先生にも書評で取り上げていただくなど、ビジネスの現場を超えて評価していただいたのは、すごくうれしかったです。
それ以外には、学校教育関係者やサッカーのコーチなど、人を育てる分野の方々からの反響もありました。小中学校の先生方からご連絡をいただき、筑波大学附属小学校や兵庫教育大学附属小学校などでワークショップを行い、この夏には広島県立西条農業高校でも予定しています。
そうした教育の現場では、未来づくりなどクリエイティブなテーマを扱うプロジェクト・ベースト・ラーニング(問題解決型学習)で、自分の好き=偏愛を起点にして自分の作りたいものを明確にしてから、STEAM教育などにつなげていく形でビジョン思考を活用したいと思っていただける教育現場の先生が多数いらっしゃることがわかり、予想以上に幅が広がっている印象です。
――『直感と論理をつなぐ思考法』は、いわゆるイノベーション本を読むような先進的なものが好きな読者には刺さるだろうと想定していましたが、それ以外にもかなり広がったようですね。企業に向けての広がりはいかがでしょう? こんな企業でこんな読まれ方をした、という例がありましたら教えてください。
佐宗 大企業のイノベーション関連部門では、実際にビジョンづくりをするプロセスで、誰かが考えたものと似た内容になってしまいがちです。ですからもっと独創的な、飛んだアイデアを考えたいというニーズはけっこう多いんです。企業では、実際にビジョンづくりのプロセスで妄想をお互いにインタビューしてそれを絵にしていく、というワークをやりながら、今まで出てこなかったテーマを見つけていくなどの新規事業支援をしていました。
たとえば、大手通信会社のR&D(研究開発)部門では、いわゆるデジタル分野でのイノベーションを構想する部署が、課題解決型だけでは出てこない独自の社会ビジョンを元にした事業構想を行うためにビジョン思考を活用しています。
また、大手車メーカーにおける、自動運転の先にある新しい社会を描いていく、鉄道インフラ企業では、地域のコミュニティデザインなどの新規事業構想で活用をしました。
今挙げたのはあらかじめ想定できていた範囲ですが、『直感と論理をつなぐ思考法』出版後に「意外とこういうテーマが大事なんだな」と改めて気づいたこともあります。
実はこの本をいちばん最初に研修で使ったのは、Googleなんです。デジタルトランスフォーメーションを提案して企業を変革していく、ソリューションデザインみたいなことをテーマにしている部署です。
実際にテクノロジーはたくさん活用できるけど、テクノロジーだけ活用してもみんなが幸せになるイメージがわかない。そこで「テクノロジーで人を幸せにするためにはどうしたらいいか」というようなことを、実際に絵で描いていくわけです。絵から見えてくる自分たちの価値観を知ってそれを言語化したり、人間にとっての価値に変えていく、というようなワークショップを行いました
こうしたことは、本書の最終章で書いた「真善美」を考える1つの起点となるテーマですから、このようなテーマが出てきたことは非常に嬉しかったです。
やはり、テクノロジーが長期的にいかに人を幸せにするか、という視点で考えていくには、どうしてもどんな社会になっていたらいいのか、そこでは人々がどんな生活をしていたら幸せなのかを明確にしていく必要があります。そのためには、何が美しいのか、何が善いのか、という価値観を明確にしていく必要があります。価値観のような目に見えない扱いにくいものを扱うときの共通言語として、ビジョンをいったん絵と物語という形で可視化し、何がいいのか何が悪いのか、何が美しいのか何が美しくないのかなど、それぞれの真善美の価値観を合わせていくというプロセスが、企業においても非常に大事になっているんだなと思いました。このあたりは、『センスメイキング』の著者で、世界的にも著名なデザインコンサルティングファームReD Associatesのクリスチャン・マスビアウと対談したときにも、真善美を踏まえた思想や哲学を持った戦略やデザインについての必要性について共鳴しました。
それから、そうした企業での広がりではないんですが、うれしい反響がもう一つあります。それは海外からの反応で、中国・韓国・台湾で翻訳され、一般的な翻訳書よりも大きな部数で出版されたことです。
そして、現在、英語版についても準備を進めているところです。刊行後にヨーロッパに行ったとき、デザイナーの方などから「こういう考えが世界に広がるとすごく面白いね」というようなことを言っていただき、日本を超えて可能性が広がっていると感じて喜んでいます。