元サッカー日本代表監督で、現在はFC今治の会長を務める岡田武史氏は、若者向けの事業インキュベーションプログラム「Bari Challenge University(BCU)」を主宰している。今年も、8月19日~25日に愛媛県今治市で6泊7日のワークショップが開催され、日本全国・世界各国から集った23名の若者たちが、今治でのフィールドワークも行いながら、地域課題を解決するモデルを提案した。
今回からは、岡田武史氏が大絶賛した『直感と論理をつなぐ思考法』の著者・佐宗邦威氏によるBCU初日セッションの模様を、全4回にわたってお届けしていく(構成 高関進)。

なぜ「街づくり」には「ビジョン・ドリブン」なアプローチが欠かせないのか?

理想の街づくりに挑む「ビジョンのアトリエ」

みなさん、こんにちは。BIOTOPEの佐宗と申します。簡単に自己紹介させていただきますと、僕は「ビジョン・ドリブン」という手法を使って、主に企業や自治体のコンサルタントをしています。社会を動かすビジネスは創造的であるべきだ、と思っているからです。

創造性がビジネスの場で広がっていけば国にも影響を及ぼしますし、教育の場も変わっていきます。お父さんが創造性を生かせる会社で働ければ、子どもの創造性も伸ばそうとするはずです。僕は子どもの創造性を引き出すことを通じて新しい社会をつくっていく、というビジョンをもって仕事をしています。

今日みなさんに行っていただくのは「ビジョンのアトリエワークショップ」です。みなさんに描いてもらった絵からみなさん自身が何を感じるのか、考えてもらいます。自分が描いた絵を見て、自分は何を求めているのか、何を欲しているのか明らかにし、ご自身のビジョンを具体的にしていくワークです。
ワークショップの目的は、「一人ひとりの内的動機に根ざした大きなビジョンと現状のギャップから、根っこのある課題意識を導き出すこと」です。ビジョン起点の課題を発見し、みなさんのビジョンを駆動させていきたいと思います。

今回のテーマは、「2030年僕らが住みたい街」です。ご自身の理想の街を現実につくるのであれば、どんな街づくりが必要なのかを想像してください。

それぞれの都市にはいろいろな強みがあり、それを活かす方法もいろいろです。ここは今治という都市ですが、東京から来られた方は東京と今治のギャップ、何が課題なのか考えてください。みなさん一人ひとりがもつ理想の街と現実とのギャップが「課題」になるでしょう。

一方、今治にいる人たちは、現実を踏まえての「自分たちの街をどうしたいか」という根っこをもっています。それに対して、外から来たみなさんが提供できる根っこは、今治ではない街に住んでいるみなさん自身がもっている価値観やビジョンです。

みなさんが描く未来の今治とは何か、また実際に住んで現状を知っている方々の視点から見た理想の今治は何かをぶつけ合うことで、この2つのあいだに生じるギャップを埋めるにはどんな課題があってどうすれば解決できるのかが見えてきます。

みなさんは明日からのフィールドワークで、実際に今治を歩くことになっていますね。なので今日のワークショップを、自分が考えた理想の今治と現実の今治にはどんなギャップがあって、理想に近づけるために何をしていけるのかを考えていただくための材料にしていただけたらと思います。

似顔絵インタビュー――手元を見ずに相手の顔を描く

まずはアイスブレイクも兼ねて、会場を歩き回ってお互いに似顔絵を描いていただきます。うまく描こうとしなくてけっこうです。少し手を動かして感性を刺激したいと思います。

用意した黒い画用紙に白いペンで描いてください。会場を歩き回って目があった人に自己紹介し、手元を見ずに相手の顔を見ながら1分で似顔絵を交代で描いてください。両方が描き終えたら似顔絵を交換して、自分の名前を書いてください。

なぜ「街づくり」には「ビジョン・ドリブン」なアプローチが欠かせないのか?

*     *     *

いかがでしたか? 手元ではなく顔を見て描いていただきましたが、これは絵を描くうえですごく大事なことです。描くときはたいてい手元とスケッチブックを見ますが、それよりも対象物をじっと見ることが重要です。というのは、絵を描く半分以上の力は見る力だからです。対象物をしっかり見ることで、初めてよく描けるようになる。

何か新しいものを考えるときは、物をじっと観察する右脳、「イメージ脳」と呼ばれる部分を刺激しますが、「観察」からスタートするわけです。たとえば街歩きでも、写真を撮るよりスケッチしてみましょう。ノートに印象的なものをスケッチすると、ものすごく記憶に残ります。スケッチすることによって対象物をより深く観察しようとするからです。

絵を描くということは、こまかなところを見てイメージ脳をはたらかせ、それを今度は手を動かすことで具体化していく、ということです。ビジョンをテーマにした今回のワークショップでは大事な考えとなります。

1分で描いていただきましたが、最初に描く絵は短い時間でOKです。描いてみてから具体化する。清書するときにはもちろん時間をかけたほうがいいですが、最初からちゃんとした絵を描こうとするとハードルがものすごく上がります。最初は「これくらいのスケッチでもけっこういい絵になるんだ」と思っていただければいいでしょう。

なぜ「街づくり」には「ビジョン・ドリブン」なアプローチが欠かせないのか?

技術の進歩の一歩先の世界を想像する

ワークショップのキーワードである「妄想駆動」、ちょっとわかりづらいかもしれませんが、これは簡単に言えば「ドラえもん」です。僕は以前、ドラえもんの秘密道具を分析してみたことがあります。道具の簡単な「説明」、そのユーザーが抱く「欲望」、ユーザーが得る「価値」などを、エクセルにまとめてみたんですね。

たとえば「ヤセール」は、やせるために食事を減らしたい人のためのアメです。説明としては「これを一個なめると、ご飯が一日食べられなくなる」。で、どんな欲望のある人が使うかというと「ダイエットしたい」人です。ユーザーが得る価値は「食べられなくなる状況をつくってくれる」。こんな具合です。

ドラえもんは、「こんなことができたらいいなあ」という妄想を現実化したマンガですが、今では実際に実現しているものもあります。たとえば「ほんやくコンニャク」に近いのがグーグル翻訳など翻訳デバイスでしょう。妄想世界を体験できる「もしもボックス」は、VRというテクノロジーによって近似的な体験ができるようになっています。

さすがに「タイムマシーン」はまだ早いですが、作品が書かれた当時から見るとすでに実現できているようなことが増えています。

同じように、「2030年の僕らの未来はきっとこうなるだろう」と妄想したとします。しかし実際の変化は緩やかな可能性が高く、「想像したようにならないじゃん」という「失望の期間」がけっこう長いんです。でも、ある瞬間に爆発して、自分が想像しているスピードを超えます。

AI(人工知能)はまさにそのど真ん中の領域ですが、ゲノム、太陽光蓄電発電、ナノテクや脳波解析といった分野に関して、同じ法則がはたらく可能性があり、僕たちが想像しているよりも速く世の中が変わっていくかもしれません。

そうした変化のスピードが速くなる時代に考えないといけないことは、テクノロジーの変化が将来にもたらす可能性です。20年の間に実現可能な技術力を想定し、計画に組み入れることです。

だから僕らは、もっと想像し続けなければなりません。想定できる技術の進歩の、もっとその先を想像しておくぐらいがちょうどよくなってきています。それが、テクノロジーによって大きな変化が起こる時代の生き方ではないでしょうか。

岡田武史さんの「ビジョンや夢をもって人を動かしていく」という考え方は、まさにこういう時代だからこそ、より大事になっているのではないかと思っています。

人間の想像力がボトルネックになる時代には、人間の想像力自体を鍛えていく方法が必要なわけです。それが今日のビジョン思考のテーマでもあります。

なぜ「街づくり」には「ビジョン・ドリブン」なアプローチが欠かせないのか?Bari Challenge University(BCU)を主宰するFC今治・岡田武史会長も「似顔絵インタビュー」に挑戦。

(次回に続く)

※「Bari Challenge University」についてはこちらを参照。
http://www.barichallenge-u.org/

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
なぜ「街づくり」には「ビジョン・ドリブン」なアプローチが欠かせないのか?

株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー。大学院大学至善館准教授/京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。BtoC消費財のブランドデザインやハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトが得意領域。山本山、ぺんてる、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、ALEなど、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行っており、個人のビジョンを駆動力にした創造の方法論にも詳しい。著書に『直感と論理をつなぐ思考法――VISION DRIVEN』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)がある。