「腹落ち」するまで、
徹底的に社長と対峙する
社長秘書になった直後に、社長が、ファイアストンとの事業提携から企業買収へと舵を切ったときもそうでした。
私は、グローバル市場におけるブリヂストンの生存戦略(ビジョン)を社長と共有していましたが、それでも、疑問はいくつもありました。
経営が極端に悪化していたファイアストンを買収するのはリスクが大きすぎる。別の会社を買収する選択肢もあるのではないか? まともにデューデリジェンスをする時間も残されていないのだから、買収後にとんでもない負債が明らかになるかもしれない。そんなリスクを取ってもいいのか? 数え上げればキリがないほどでした。
だから、私は、細部にわたるまで、社長にしつこく質問をしました。しかし、社長は、そのすべてに明確な回答をもっていました。これには舌を巻きました。10年、20年という歳月をかけて、社長はありとあらゆるシミュレーションをしてきていたのでしょう。そして、いまこの瞬間に、ファイアストン買収を決断する以外に、ブリヂストンが生きる「道」はないと確信していたのです。
「もちろん、買収後、ありとあらゆる問題が噴出するだろう。しかし、その問題をなんとしても解決し、乗り切るしかない。それ以外に、我が社が生き残る道はないんだ」という社長の言葉は、いまも忘れることができません。
こうしたプロセスを経て、私は、社長の決断が完全に腹落ちしました。
これがなければ、その後の参謀としての役割を果たすことは、到底できませんでした。なぜなら、ファイアストン買収は、あまりに巨額だったこともあり、社内外から猛烈な反発が吹き荒れたからです。
実際、社長の意思決定を各所に説明に回っても、すんなりと聞き入れてはくれませんでした。しかも、予想したとおり、買収決定後にはさまざまな問題が噴出。「だから言っただろう?」「それみたことか」と責め立てられました。ときには、面罵されたことすらあります。
そのプレッシャーに屈することなく、さまざまな関係者と向き合い続けることができたのは、私自身が、社長の意思決定に腹の底から納得していたからです。会社が生き残るためには、これ以外の「道」がないと確信していたからです。そして、反発する人々を、なんとか納得させることができたのは、私が、「自分の言葉」で真摯な対話を続けることができたからなのです。
だから、私が社長になったときに信頼したのは、私の意思決定を四の五の言わずに受け入れる人物ではありませんでした。自分が腹落ちするまで、私の真意を確認する人物こそが、信頼できる人物なのです。徹頭徹尾、「自分の言葉」で語ろうとする人物でなければ、決して本物の参謀にはなれないのです。