「優れたリーダーはみな小心者である」。この言葉を目にして、「そんなわけがないだろう」と思う人も多いだろう。しかし、この言葉を、世界No.1シェアを誇る、日本を代表するグローバル企業である(株)ブリヂストンのCEOとして、14万人を率いた人物が口にしたとすればどうだろう?ブリヂストン元CEOとして大きな実績を残した荒川詔四氏が執筆した『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)が好評だ。本連載では、本書から抜粋しながら、世界を舞台に活躍した荒川氏の超実践的「リーダー論」を紹介する。
リーダーの仕事は「365日24時間」である
能力はいつも無理やり広げられる——。
長年のビジネス経験を振り返って、私はしみじみとそう思います。
そのときの自分の実力では対処しきれないような状況に置かれて、「なんとかしなければ」とお尻に火がついてもがくなかで、能力は無理やり広げられる。それが、人間の成長というものではないでしょうか?その意味では、苦しい状況に追い込まれるのは幸運と言うべきなのかもしれません。
私にとって、その最大の幸運のひとつは、秘書課長として家入社長の直下でスタッフ業務をさせてもらったことです。アメリカの超名門企業ファイアストンとの共同事業計画を開始するにあたっての人事だったといわれました。従来の業務にこの新プロジェクトが加わった社長の実務をサポートする役割は、極度の緊張と膨大な仕事量を強いられるものでした。
家入さんに最初に挨拶したとき、「秘書は365日、24時間勤務だからな」と釘を刺されたことを覚えています。つまり、社長が365日、24時間働いているということ。ならば、それも当然のことと覚悟したものです。
着任後、グローバルジャイアントの一角ピレリがファイアストン株の敵対的買収を発表したことを受け、家入さん主導でファイアストンとの事業提携ではなく買収することが決定したときに(詳細は連載16回参照)、私の生活は一変。ファイアストン買収プロジェクトはアメリカ時間で動くので、社長は毎日早朝出社となります。だから、私も毎日5時半出社で、会社を出るのは23時過ぎ。昼食をゆっくりとることもできず、仕事の隙間を見つけては、社員食堂に駆け込み、パパッとご飯を掻き込んですぐに席に戻るという毎日でした。
私に求められたのは、社長の分身のような役割。社長に上がってくる案件のかなりのものは、いったん私のもとに届きます。そして、社長既読の文書は全部私のところに降りてきました。
毎日、何百枚もの書類にすべて目を通し、不明点や疑問点があれば関係部署に確認。場合によっては、書類の内容がより正確に伝わるように補足メモを付すなどして社長に上げる。家入さんから基本的な質問があったときには、その場で即答できなければ私の存在意義はありません。社長が最短の時間で最高の意思決定ができるように、サポートするのが私の役割だからです。
そして、家入さんの意思決定を受けて、それを関係部署に説明に回るのも私の役割。もちろん、通り一遍の説明や、ましてや社長の威を借りたような態度では反感を買うだけで、心の底から納得してもらえませんから、「理」と「情」を尽くして対処しなければなりません。トップと現場の円滑なコミュニケーションを実現する潤滑油のような役回りですから、地味で目立たない存在であることが基本。正直、気疲れを強いられたものです。
また、国際法律事務所、国際会計事務所、ファイナンシャル・アドバイザーなどの外部のチームと、社内の多くの部門からなる専門家によるプロジェクト・チームが買収プロジェクトの実務を推進していましたから、その事務局も務めなければなりません。数えきれないほどの仕事を同時並行で走らせながら、いつ社長から声がかかるかわからないので、緊張感から解放される暇もありません。毎日が臨戦態勢。社内では、「時間あたり給料がいちばん安い管理職だ」とからかわれたものです。