単なる「優秀な部下」にとどまるか、「参謀」として認められるかーー。これは、ビジネスパーソンのキャリアを大きく分けるポイントです。では、トップが「参謀」として評価する基準は何なのか? それを、世界No.1企業であるブリヂストン元CEOの荒川詔四氏にまとめていただいたのが、『参謀の思考法』(ダイヤモンド社)。ご自身が40代で社長の「参謀役」を務め、アメリカ名門企業「ファイアストン」の買収という一大事業に深く関わったほか、タイ法人、ヨーロッパ法人、そして本社CEOとして参謀を求めた経験を踏まえた、超実践的な「参謀論」です。本連載では、本書から抜粋しながら、「参謀」として認められ、キャリアを切り開くうえで、欠かすことのできない「考え方」「スタンス」をお伝えしてまいります。
“頭でっかち”になってはいけない
トップと「ビジョン」を共有する――。
これは、参謀として機能するためには非常に重要なポイントです。
企業を取り巻く状況、時代の流れ、業界の歴史などを把握したうえで、「自社のあるべき姿=ビジョン」を、トップと同レベルで思い描くことができない人物が、参謀として認められることはないからです(連載第16回参照)。
そのためには、若いころから、直属の上司のみならず、社内の上層部との接点を増やし、会食などの場も含めて、彼らが語る「ビジョン」に触れる機会をつくることは、非常に重要なことと言えるでしょう。
あるいは、他社のしかるべき人物との交友関係を通じて得られるさまざまな情報も、そうした「ビジョン」を磨くうえでは有効ですし、読書を通じて「政治」「経済」「歴史」などの教養を吸収して見識を高めることも、「ビジョン」のレベルを向上させるには欠かせないことと言えます。
ただし、それだけでは足りません。
いや、「それだけ」では、下手をすると、“頭でっかち”な人間になってしまう恐れがあると言うべきかもしれません。読者の皆さんも思い当たる節があるかと思うのですが、いわゆる“事情通”で、いっぱしの「ビジョン」を語ったり、ときには、会社の施策を批評するけれども、その人自身は、決められた仕事をやっているだけで、特筆すべきことは何もやっていないという人物はいるものです。
それでは、参謀の役割は果たせません。
これまでの連載でも繰り返し述べてきたように、「実行」に結びつけるのが参謀の大事な役割ですから、単なる“事情通”や“批評家”では、参謀が務まらないのは当然のことでしょう。あるいは、経営書やビジネス・スクールなどで経営に関する知識を学ぶのも大事なことではありますが、その知識をひけらかして、もっともらしい「ビジョン」を語っているだけでは、周りの人の理解を得られないどころか、反発を受けるおそれさえあるでしょう。
ですから、トップと同じレベルの「ビジョン」を描けるように研鑽するのはもちろん重要なことですが、それ以上に大切なのは、目の前の仕事において、自分なりの「理想」や「ビジョン」を思い描いて、周囲の人たちを巻き込みながら、それを実現する経験を積み重ねることです。もちろん、一社員が実現できる「理想」「ビジョン」の規模は小さいかもしれませんが、それを実現する経験こそが大切だと思うのです。
世界最大のタイヤメーカー株式会社ブリヂストン元代表取締役社長
1944年山形県生まれ。東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科卒業後、ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むなど、海外事業に多大な貢献をする。40代で現場の課長職についていたころ、突如、社長直属の秘書課長を拝命。アメリカの国民的企業ファイアストンの買収・経営統合を進める社長の「参謀役」として、その実務を全面的にサポートする。その後、タイ現地法人社長、ヨーロッパ現地法人社長、本社副社長などを経て、同社がフランスのミシュランを抜いて世界トップの地位を奪還した翌年、2006年に本社社長に就任。世界約14万人の従業員を率い、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災などの危機をくぐりぬけ、世界ナンバーワン企業としての基盤を築く。2012年3月に会長就任。2013年3月に相談役に退いた。キリンホールディングス株式会社社外取締役、日本経済新聞社社外監査役などを歴任。著書に『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)がある。