利他的な「生き抜く力」は武士の生存戦略
こうして考えると、一ノ谷の戦いのエピソードは、相手への気配りや思いやり、武士道の慈愛に基づく精神があふれ出す名シーンであることがわかります。
生存をかけての殺し合いで相手に譲っている暇はない。
ガムシャラに突き進み、迫りくる輩を斬りまくらなければ! という冷徹な戦を追求する武士のイメージは、慈愛の精神とミスマッチに感じられます。
しかし、武士が命をかけて戦う存在だからこそ、仲間をいたわり、武士階級の秩序を尊敬したりする心が大切なのです。
相手の気持ちや状況を理解し、共感し、与える。
本書第1講で触れたやさしく利他的な「生き抜く力」は、武士の生存戦略として、いつしか武士道の根本精神となって日本文化の根底に流れてきたのです。
さて、武士道で「慈愛」が最も重要な価値観の一つとなったのは、江戸時代に儒教と融合してきた歴史にルーツがあります。
次回は、武士道の「慈愛」に誘われて、儒教の考え方に「生き抜く力」の思想的源泉をたどってみることにしましょう。