「世界の変化をテクノロジーという軸で切り取るとどう見えるか?」を解説した『テクノロジー思考』は、安宅和人氏(『イシューからはじめよ』『シン・ニホン』著者)、暦本純一氏(東京大学大学院教授)ら第一線のテクノロジストからも推薦され、発売から1年後の今も話題になり続けている。
その著者・蛯原健氏に、出版後の最大の変化であるコロナ・ショックの影響をテクノロジーの側面から読み解いてもらう。

メガトレンドはデジタル・トランスフォーメーション(DX)

「ポスト・コロナの世界」におけるビジネスやテクノロジー上のトレンドとは?

これは昨今極めて頻繁に聞かれる質問である。私自身もこの間ずっと自問自答している。皆さんもそうではなかろうか。私の答えは「コロナ以降の世の中のトレンドとは、コロナ以前からのメガトレンドの強化」である。

ではコロナ以前からのメガトレンドとは何か。それはごく乱暴に言うならデジタルトランスフォーメーション(DX)というワードでおおかたの説明が可能だろう。

四半世紀続いたインターネット革命が終わり(その革命は、西側5大企業群=GAFAMと中国アリババ・テンセントの7列強による完勝となった)、インターネット内の戦いに替わって今はインターネットの外における全産業のDX革命・データエコノミー革命のパラダイムに入ったことは拙著『テクノロジー思考』でも論じた。

DXにはいろいろな定義があるがここでは言葉遊びをするつもりはなく、つまりは社会や産業や人間の活動全般について、テクノロジーやイノベーティブなアプローチを用いることで再定義や置き換えを行い、これにより効率化や利便性を追求する活動全般――程度の意味とする。

DXの結果、起きることは何か。

自動化、無人化、リモート化、省力化/省コスト化、トレーサビリティ、バーチャル化、キャッシュレス、データ利活用、等々である。

見ての通り、これらの言葉はほぼそのままコロナに世界が襲われて以降、世間が「こうあるべき、こうなるだろう」と議論しているものばかりである。

ソーシャルディスタンシングの実施には無人化、リモート化、キャッシュレスは喫緊である。データの活用もコロナ克服先進国の中国・韓国の例を見るまでもなく、程度や手法の違いはともあれ必須だろう。自動化、省力化/省コスト化もロックダウンによる極端な需要消失にあえぐ企業にとっては死活問題である。

また一方で、これらのキーワードはコロナ以前からメディアを頻繁に飾ってきた言葉でもある。つまりは「それまでやってきたことと何ら変わらないことをもっと大胆に推し進めましょう」ということに過ぎない。期待されているような素敵な回答では全くない、むしろ陳腐で凡庸な答えかもしれないが、論理的に考えてそれしか回答が思いつかない。

では上記の自動化からデータ利活用まで並べたキーワードを、実際に具現化するに用いられるテクノロジーは何か。

AI、ロボティクス、RPA、5G、4K、ブロックチェーン、クラウド、MR(VR/AR)、クリーン/グリーンテック、新素材、等々である。結局テクノロジー軸においてもなんら新しい概念が出てくるわけではない。今までのトレンドが踏襲されているに過ぎない。

それを裏付けるべく、前出のテクノロジーに世界で最も取り組んでいるアマゾン、マイクロソフト、アリババの株価はコロナパンデミック真っ最中にも史上最高値を連日更新、7列強は軒並み好業績、高株価を収めている

ではこれら新テクノロジーを各産業やライフシーンに当てはめるとどうなるか。遠隔診断/遠隔医療、リモート教育、リモートワーク/リモート会議、スマート農業、スマート・サプライチェーン、スマートシティ(ソーシャルディスタンシング測定、行動変容促進技術含む)、スマート・マニュファクチャリング、無人倉庫、キャッシュレス/無人店舗、等々が実現する。

これまたいずれも、まさにコロナ時代に必要性を叫ばれている分野ばかりである。と同時にコロナ以前からスタートアップ・イノベーションシーンにおいてすでに隆盛だった分野でもある。

なお、バイオ・ファーマ(創薬)を含めた広義のヘルスケア分野が新たにコロナによって支配的影響力を産業界や株式マーケットに及ぼす、という意見もある。一定程度イエスだろう。しかしこれもまたコロナ以前からのトレンドに過ぎない。

2018年後半あたりからすでにいわゆるセクターローテーション、つまり株式市場における人気セクターの入れ替えは起きており、フィンテックやモビリティなどのセクターからヘルスケアへのシフトが始まっていた。AppleやAmazonら米国ITメガ企業も軒並みおととしから去年にかけて大規模なヘルスケア分野の新規事業投資を行っている。

そもそもバイオ・ファーマの成長ドライバーはコンピューティングリソースの性能向上そのものであるし、各国において規制産業であるヘルスケア全般のDXによるイノベーション余地は広大だからである。これについては私はすでに昨年末に受けたインタビューにおいて論じている

損なわれたのは既存の枠組み、恩恵を受けたのはDX

DXは未だ発展途上にあるのだから、既存の社会は主としてDX以前の枠組みで動いている。よって今回コロナによってダメージを受けているのは主としてDX以前の既存の産業、既存の業種業態、既存の社会インフラである。たとえばEコマースではなく小売店がコロナにより打撃を受け、オンデマンド・デリバリーではなく外食産業が苦しみ、リモート会議ではなくオフィスビルが閑散とし、電子署名でなくはんこ産業が空前の灯となっているのである。

この通り、DXはコロナによりむしろベネフィットを大きく受け、逆にBefore-DXタイプの旧態依然産業ほどコロナによる被害が大きい。

このことをある男が端的にこう説明している。

「COVID-19によりこの2ヵ月で2年分のデジタル・トランスフォーメーションが起きた」

7大企業の躍進からもわかる、ポスト・コロナのメガトレンドサティア・ナデラ(マイクロソフトCEO)/Photo: gettyimages

マイクロソフトCEO、サティア・ナデラが1Q決算説明会の冒頭に発した言葉である。人々が毎日オフィスに集まる、という行為がMicrosoft Teamsによって代替されるというデジタル・トランスフォーメーションが起きた結果、利用者が1.5ヵ月で7割増えたのだ。

同じことが全世界の、全ての産業・ライフシーンにおいて起きている。

老舗の大手フィットネス店舗チェーンが倒産する一方で、在宅フィットネス・スタートアップの収益が7割増えた。世界中のリテール産業が壊滅的打撃を受ける一方でEコマースやネットスーパーの流通総額は爆増し配送枠はいつも数日先まで一杯である。

シンガポールの道路はフードデリバリーの自転車で溢れているし、インドのリモート診断アプリの会社は利用者が5倍に跳ね上がり、昨年ナスダック上場した電子署名大手Docusignの株価は3倍に跳ね上がっている

学校が休校を続ける一方で、GoogleMeetを使ったリモート教育が世界中でスタンダードとなり、同サービスの利用者数は毎日300万人増え続け1月から30倍となっている

急激大幅な減収にあえぐ大企業からコストカットのため無人化や業務自動化の発注を受けるRPAスタートアップは目が回る忙しさである。ロボティクス、FA、工場IoT等々も一様に同じである。

コロナはスタートアップにポジティブ、既存産業にアゲインスト。

コロナはテクノロジーにポジティブ、ローテク・人力にアゲインスト。

これがコロナが産業界に与えている影響の性質である。無論例外もあるがそれらは一部の産業であり、総じて上記の傾向が強いことは明らかである。

損なわれたものは戻るのか?

では、コロナはDXやスタートアップを加速させるとして、「損なわれた既存の枠組み」のほうが今後どのように回復するのか、しないのか。

結論から言えば、全てが回復するだろう。

しかしそれは「あるべきDXのトレンドを踏襲または加速したうえで」、であって単純に原状復帰するものではない。

たとえばリモートワークの導入が社会全体で5%だったものが仮にコロナにより70%になったとして、わざわざ再び5%に戻してから次に行くべきだ、などと考える人はいないだろう。日本は元々EC化率が10%あるかないかと世界でも最も低い部類だったところ、いまコロナ影響で跳ね上がっているわけであるが、それを再び下げたほうが良いという議論をする人もあまりいないだろう。その他の自動化、無人化、データ活用等も総じて同じ議論である。

7大企業の躍進からもわかる、ポスト・コロナのメガトレンドPhoto: Adobe Stock

ただし一方で、「これを機に大胆に変わる」という巷間よく取りざたされる論調に私は必ずしもくみしない。人間の偉大なる「忘却力」は侮りがたい。また過度なテクノロジー万能論は有害ですらある。リモートワークが進められるだけ進めればよいとは私も思う一方で、実際には三歩進んで二歩下がるようなことが起きるのが人間の歴史だろうと思う。 たとえば私の子ども2人も毎日Google MeetやGoogle Classで授業を受けているが、1日も早く学校が再開してほしいと願っている。そのままでよいとは全く思わない。一方で、適切な形で一部のカリキュラムやルーティンにそれを使い続けることは全くもってやぶさかではない。

リモート在宅ワークもそうだろうし、その他全ても概ねそうだろう。つまりはサティア・ナデラの言の通り、2年で起きるべきことが2ヵ月で起きた、その瞬間カーブは非連続な鋭角に一瞬押し上がった、しかしその後は株式市場の「半値戻し」ではないが、極端に上がった分が全てではないにせよ一旦戻り、しかしながらその利用経験ゆえにコロナがなかった場合の世界におけるそれよりもいくぶんシャープな増加カーブを描くと予測する。

無論そのカーブのY軸はDX浸透度・達成度であり、Xは時間軸となる。

逆の見方をするならば、今後コロナ(covid-19)が、-22、-27と続くのか否かはともかくも、世界が再び疫病に見舞われるような事態への備えとしては、このDXカーブをなるべく高く、早く上げておくことこそが最大の感染症対策となるのではなかろうか。