人間関係に振り回されず、
「合目的的」に仕事をやり抜く

 しかし、何度もトラブルシューターとして動き回っているうちに、そういう目に会うことに慣れていきました。

 私が”泥”をかぶることで、問題が解決することが多かったし、あとになって感謝されることもあったので、だんだん自信のようなものも付いてくる。人間関係が悪化しても、「なんとかなる」と割り切ることができるようになったのです。

 人間がやる仕事だから、またどこかで問題が起きるだろう。問題の原因をつくった人は、自分を守ろうと反発するだろう。そのなかで自分は淡々と、問題を解決すればいい。多少のことはあっても、組織が正常化するのが一番大事だ。そのように「達観」できるようになったのです。「人間なんてそんなものだ」というあきらめがついたと言ってもいいかもしれません。

 このような「達観」ができたのは、私がもともと、交友関係が広いタイプの人間ではなかったこともあるのかもしれません。というのは、私のような人間が社会に出たら、ほとんどの人が「合わない人」であり、「合わない人」とどう付き合っていくかが、私にとってのテーマだったからです。

 しかも、会社というゲゼルシャフトの集団に入って、1日何時間も一緒にいるとなると、「仲良くしよう」「不和を起こさないようにしよう」と願って、こちらとしては最大限の配慮をしたとしても、それは絶対に叶わない。むしろ、そのような「叶わぬユートピア」を夢見ているからこそ、不和に直面したときに不要に苦しんでしまうのです。

 逆に、「人間関係は悪いのが普通」と達観すれば、職場の人間関係でクヨクヨ悩むのがバカらしくなってきます。それよりも、多少の軋轢に巻き込まれるのは当然のことと考えて、会社を正常に機能させるために「合目的的」に仕事をすることに徹すればいいと腹がすわってくるのです。

 もちろん、「人間関係は悪いのが普通」だからと言って、人間関係を無視し、乱暴に人と接していいわけではありません。「悪いのが普通」なんだから、よくするための努力をしなければ、その人自身の人間関係は簡単に破局を迎えてしまいます。自分から乱暴に人間関係を破局させてしまったら、「合目的的」に仕事をし、結果を出すことなど出来るはずもありません。

 しかし、たとえどんなに丁寧に接しても、組織のなかでは対立構造が生じることは避けようのないことだとすれば、少々人間関係が悪くなったとしても、「人間関係は悪いのが普通」だと平常心を保って、やるべき仕事に集中するほうが建設的です。人間関係に右往左往するのではなく、「人間関係は悪いのが普通」と達観することが、参謀としてスジの通った仕事をするために欠かせないことなのです。

“できる人”は「人間関係は悪いのが普通」と達観している荒川詔四(あらかわ・しょうし)
世界最大のタイヤメーカー株式会社ブリヂストン元代表取締役社長
1944年山形県生まれ。東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科卒業後、ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むなど、海外事業に多大な貢献をする。40代で現場の課長職についていたころ、突如、社長直属の秘書課長を拝命。アメリカの国民的企業ファイアストンの買収・経営統合を進める社長の「参謀役」として、その実務を全面的にサポートする。その後、タイ現地法人社長、ヨーロッパ現地法人社長、本社副社長などを経て、同社がフランスのミシュランを抜いて世界トップの地位を奪還した翌年、2006年に本社社長に就任。世界約14万人の従業員を率い、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災などの危機をくぐりぬけ、世界ナンバーワン企業としての基盤を築く。2012年3月に会長就任。2013年3月に相談役に退いた。キリンホールディングス株式会社社外取締役、日本経済新聞社社外監査役などを歴任。著書に『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)がある。