「死」とは何か。死はかならず、生きている途中にやって来る。それなのに、死について考えることは「やり残した夏休みの宿題」みたいになっている。死が、自分のなかではっきりかたちになっていない。死に対して、態度をとれない。あやふやな生き方しかできない。私たちの多くは、そんなふうにして生きている。しかし、世界の大宗教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などの一神教はもちろん、ヒンドゥー教、仏教、儒教、神道など、それぞれの宗教は、人間は死んだらどうなるか、についてしっかりした考え方をもっている。
現代の知の達人であり、宗教社会学の第一人者である著者が、各宗教の「死」についての考え方を、鮮やかに説明する『死の講義』が9月29日に発刊された。コロナの時代の必読書であり、佐藤優氏「よく生きるためには死を知ることが必要だ。」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。連載のバックナンバーはこちらから。

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キリスト教の考え方をまとめる

 イエス・キリストが十字架で死に、復活したことが、キリスト教にとって本質的だ。イエス・キリストは、どういう存在なのか。

 キリストとは、救世主という意味。ヘブライ語で、メシアである。ナザレのイエスは、ユダヤ教徒で、革新的な思想の持ち主だった。福音書に描かれた数々のエピソードから、そのことがわかる。イエスの死後、イエスがキリストで、神の子だと信じる人びとが増えた。キリスト教がスタートした。それから数世紀をかけてキリスト教の教義がつくられた。

 この、ふつうのキリスト教の考え方をまとめると、つぎのようだ。

 (1) 神(God)がいた
    「神が、神の子(イエス)を生んだ」
    「神と神の子とから、聖霊が出てきた」
 (2) 世界を造った、人間も造った
 (3) 神は、モーセに、律法(契約)を与えた
 (4) 神は、人間が律法を守れないので、神の子イエスをキリストとして遣(つか)わした
 (5) イエスは、人類の罪を贖(あがな)い十字架で死に、復活して天に昇った
 (6) イエスが律法を更改し、新しい契約を結んだ
 (7) イエスがやがて再臨し、死者は復活する
 (8) イエスが彼らを裁き、救われれば神の王国に入る
     救われないと火で焼かれる

 創造(2)も復活(7)も、神のわざ(奇蹟)である。神は、誰がいつどこで生まれるか、コントロールしている。復活も最後の審判も、コントロールしている。これが「神の計画」である。

 ここで、イエス・キリストの役割は何なのか。神は、人間ではない。気安く地上に降り立つわけにはいかない。イエス・キリストは、人間を救うため、人間として生まれることになった。十字架で処刑され、復活して天にのぼり、いまは出番(再臨)を待っている。

 神は、モーセの律法では人類は救われないと思った。そこで、神の子を犠牲にして、人類を救おうという次の手を打ったのだ。