以前のシモンズは、経済学者や心理学者が編み出したからといって統計学的な方法論を取り入れることもなかったし、投資家のバイアスを避けたり、そこにつけ込んだりするためのアルゴリズムをプログラミングすることもなかった。しかしやがて、自分たちが収益を上げている一因はそのような投資家の過ちや過剰反応にあって、開発中のシステムを使えば同業トレーダーたちに共通する過ちにうまくつけ込めるだろうと考えるようになった。
「実際にモデリングしているのは人間の行動だ」と、ルネサンスの研究者ペナビックは説明する。「ストレスが高いときの人間の行動が一番予測しやすい。直観的に行動してパニックになるからだ。人間という役者が以前の人間と同じように反応するっていうのが、俺たちの大前提だ。そこにつけ入ることを学んだのさ」
ルネサンスの秘密主義
投資家たちもようやく、メダリオンが収益を上げていることに気づきはじめた。
1年前の1993年、富裕層の資産を預かってヘッジファンドに投資する初の金融機関の1つである、ロンドンの投資会社GAMホールディングが、ルネサンスに約2500万ドルを投資していた。
その頃にはすでにシモンズとそのチームは、ライバルに追いつかれることを恐れて、自分たちのファンドの運用方法があまり外部に知られないよう用心していた。そのため、ファンドの運用方法を細かいところまで完全に把握しておくのが常だったGAMの幹部は、難しい立場に置かれた。ルネサンスの会計監査が適切におこなわれていて、投資家の資金が安全であることは確認していたが、メダリオンがどのようにしてあれほどの大金を生み出しているかは完全には理解できなかった。GAMのお偉方はシモンズのファンドの運用成績に身震いしてはいたものの、ほかの顧客と同じく、彼らの投資にはつねに不安を抱いていた。
GAMでメダリオンへの投資を監督する任に当たっていたデビッド・マッカーシーは、「いつもビクビクして、何かまずいことが起こるんじゃないかって気が気じゃなかった」と言う。
それからまもなくして、シモンズに数々の難題が降りかかることとなる。