バイデン氏当選でも
中国叩きは止まない
「トランプ氏が政権から去れば、対中制裁は多少なりとも緩和される余地がある。そしてトランプ氏が敗れる可能性はけっこう高い。そう彼らは考えているようだ」。投資ファンド業界のある関係者は、12月上場のシナリオをこう解説する。
ベインは米国でも最も有力な投資ファンドの1つだ。さまざまなルートから得た情報によって、「トランプ敗退」と確信するに足る何らかの根拠を得ているのだろう。こうしたインテリジェンス(情報分析)の結果、大統領選から1カ月も経てば、日本の株式市場ではキオクシア上場を好意的に理解してくれると考えているようだ。
だがこのシナリオには、大きな楽観が織り込まれている。実のところ、民主党政権になっても米国の中国たたきは一向に止まない、むしろある分野ではさらに先鋭化する可能性があるのだ。
トランプ氏は「中国たたきで票が取れる」と考え、対中制裁を先鋭化させている。そのトランプ氏をバイデン陣営は選挙CMなどで、「現政権の対中政策は弱腰だ」と手厳しく批判している。
バイデン氏の政策綱領には研究開発の強化が盛り込まれており、研究者のリクルートや知的財産の不正な獲得で米国のイノベーション力を骨抜きにしている中国と対決すると有権者に約束している。
そして新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧のような人権問題については特に、現政権よりも厳しく追求し、リベラル派として主要な外交論点に据える見通しだ。ファーウェイへの制裁理由には現時点ですでに、少数民族弾圧への加担が含まれており、これが政権交代で「なかったこと」になるとは到底考えられない。
ベインとキオクシアとて、こういったことは重々理解しているはずだ。だからこそ、選挙後だが新大統領はまだ就任していない12月(就任は1月)という凪の時期に駆け込み上場するのがベストと考えているのだろう。
しかし仮に12月に上場を果たし、ベインがキオクシアへの投資を首尾よく回収できたとしても、キオクシア自身が米中対立という地政学リスクにさらされ続けることは変わらない。
地政学はこれまで多くの日本人にとって、歴史の回顧を中心とするある種静的な教養だった。だが米中対立によって、地政学的な視点を持つことは、実学になりつつある。地政学的なセンスがなければ、ビジネスを守ることは不可能だ。2つの超大国が相克するという超地政学時代の荒波を、日本最後の大型半導体メーカー、キオクシアは本当に乗り越えていけるだろうか。