2005年に神戸市(兵庫県)と神戸大学の連携協定に基づいて開設された社会教育施設“のびやかスペースあーち”。「子育て支援をきっかけにした共に生きるまちづくり」を理念にした当施設は、ダイバーシティ&インクルージョン(共生社会の理解と包摂)を考えるうえで欠かせない存在だ。新しい生活様式が求められるウィズコロナのいま、創設者のひとりである、神戸大学大学院人間発達環境学の津田英二教授に、「誰も置き去りにしない」ビジョンを聞いた。(ダイヤモンド・セレクト「オリイジン」編集部)
*本稿は、現在発売中のインクルージョン&ダイバーシティ マガジン 「Oriijin(オリイジン)2020」からの転載記事「ダイバーシティが導く、誰もが働きやすく、誰もが活躍できる社会」に連動する、「オリイジン」オリジナル記事です。
テーマは“多様な人の関わりが生む学び合い”
年間3万人あまりの地域住民が集い、学び合う社会教育施設“のびやかスペースあーち” (以下、あーち)――言葉では伝えづらいが、公民館や児童館の公共スペースがあらゆる市民に開放されたような空間と言えばイメージが湧くだろうか。室内には、たくさんの図書があり、玩具があり、楽器や画材も置かれている。誰もが自由に過ごせる「あーち」開設の経緯を、まずは津田教授に聞いた。
「大学での研究と市民・行政・企業をつなぐヒューマン・コミュニティ創成研究センター(神戸大学大学院内機関)が、2005年に、神戸市(兵庫県)の打診を受けて『あーち』の設置主体になったことが始まりです。『子育て支援を担う施設を作りたい』という行政(神戸市)が、大学に声をかけてくれたのです。
社会教育が専門の私は“多様な人の関わりが生む学び合い”というテーマで、特に障がいのある人たちとの関わりを中心にしていますので、神戸市からの話を聞いて、『多様な人が集まり、お互いに学び合い、助け合うコミュニティの拠点ができたらいいな』と思いました」
あーち開設に向けた準備委員会(開設後は連絡協議会と改称し、現在まで継続)には、大学の教員や学生のほか、企業・市民・行政の職員も加わり、「のびやかスペースあーち」という名称や「子育て支援をきっかけにした共に生きるまちづくり」というコンセプト、施設の間取りなど…多くのことが議論の末に決まっていった。
「行政と大学の連携協定に基づいたうえで、あーちをどう運営していくか――神戸市は子育て支援の助成制度の創設に動き、神戸大学への資金協力の仕組みを模索してくれましたが、当初はお金の問題で頭を悩ませました。大学の理事を訪ねて、工費や人件費の捻出を交渉したり、民間企業への協力を仰ぐために奔走したり…2005年の10月にオープンにこぎつけたものの本当に余裕がありませんでした。
私自身は、管理してくれる人の人件費さえあれば、あとはどうにでもなると考えていましたが、その人件費さえ、最初は週30時間雇用の非常勤職員1人分しか充てられず、現在まで、あーちの基本的な管理は非常勤職員2人体制という状況です。決して、運営資金が潤沢なわけではないのです」
そうした状況下で、津田教授をはじめとする大学側には、あーちの活動を市民と一緒に成し得ていきたいという思いがあった。「子育て支援をきっかけにした共に生きるまちづくり」というコンセプトの実現には、施設の利用者(参加者)である市民が単にサービスの受け手ではなく、「主体」になる必要があったからだ。
「あーちを支えているのは、参加者のボランティア活動です。アートプログラム、音楽プログラム、体操のプログラムなど、たくさんのプログラムが行われてきましたが、これらは、『コミュニティに貢献したい』という方々がボランティアでリーダー役を買って出てくださり、運営を行っているかたちです。
プログラム参加者の関係を促進したり、日頃のあーちの課題について話し合ったりと、あらゆることに気を配ってくださっています。他の公共施設ならお金をかけてサービスを提供するところ、あーちではさまざまな人が学び合うことで、必要な活動を作り出しています。そういう雰囲気の中、課題を抱えている人たちも少しずつ元気になって、あーちの活動の担い手になっていくのです」
津田英二(つだえいじ)
神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 教授
1998年より神戸大学勤務。専門は社会教育学で、特に障がい者の生涯学習をフィールドとして教育、研究、実践を行っている。2019年度から神戸大学附属特別支援学校校長を兼務。
著書に、『物語としての発達/文化を介した教育』(生活書院、2012年)『知的障がいのある成人の学習支援論』(学文社、2006年)など。プライベートではジャズサックスを嗜む。
神戸大学大学院人間発達環境学研究科
ヒューマン・コミュニティ創成研究センター・サテライト施設
のびやかスペースあーち
神戸市灘区岸地通1-1-1(灘区民ホール3F)
【阪急】六甲駅、【JR】六甲道駅・摩耶駅、【阪神】大石駅より、それぞれ徒歩15分
【阪急】王子公園駅より徒歩20分
市バス「水道筋1丁目」バス停前。(三宮、新神戸、王子公園、六甲道などの駅から接続)
あーち参加者の声
「あーち」5周年時のアンケート回答より抜粋
幼い子どもに障がい者の存在を早いうちに教えることができた。「あーち」では、同じ空間にいたので、子どもも自然に“自分とは違うような気がする。けどこれも「個性」なんだ”と理解できていた。(中略)今は幼い子2人を育てるのに精一杯だけど、子ども達が大きくなり、小・中・高校と進むうちに必ず「個性」を持った子に出会えると思うので、その日に備え、今のうちに「自分を基準にしないこと」を教えておこうと思う。ひそかにそういった心を持てているのは「あーち」のお陰だと思う。