15周年を節目にインバウンドと決別

 今からさかのぼること15年前、「インバウンド」という言葉すら定着していなかった黎明期に、薛氏は中国語圏からの訪日観光をターゲットにしたホテル経営に、先陣切って乗り出した。

 2005年、売りに出ていた某企業の保養所を買い取り、全158室(2020年の改装後は177室に増室)を改装する。富士山の借景と広大な日本庭園をオンリーワンの強みとし、それ以外はあらゆる無駄を排除した、究極のシンプルな客室にリノベーションした。「富士之堡(ぼう)華園」というホテル名は特に中国での知名度を上げ、宿泊客は毎日300人、15年間累計で約116万人を受け入れた。「小山町の薛森唐氏」といえば、インバウンド業界でも成功者のひとりとして脚光を浴びるようになった。

 コロナ禍で迎えた2020年は、同ホテルにとって15周年の節目だったが、薛氏はインバウンド経営との決別を決意した。ホテル名を「富士之堡華園」から「富士美華リゾート」と改称したのはそのためだ。

外国人観光客はもう来ない!?国内市場に舵を切った台湾人ホテル経営者インバウンド市場から国内市場にいち早く切り替えた美華リゾート 撮影:薛森唐氏

 筆者は10月23日、リニューアルオープンした「富士美華リゾート」を訪れた。その日はあいにく深い霧に覆われていたが、秋深まる富士山麓の1万2000坪の広大な庭園では、美しい紅葉が見頃を迎えていた。エントランスには孔雀園、庭園の奥では築山が造成中だった。この広大な庭には、年間1000万円の維持費を投じているという。インバウンドの進展とともに筆者は同ホテルを何度か取材してきたが、池で鯉を飼ったり、散策路を作ったり、宿泊客を楽しませるための工夫はとどまるところを知らなかった。

「インバウンドはもう追わない」と心に決めた薛氏が、最初に着手したのも造園だった。今年の夏、造園は業者に委託せず、ほぼ自前で行った。リモートワーク中の社員が、「無償でいいから何かやれることはないか」と手を挙げ、照り付ける太陽の下で社員一丸となって整備を行った。「この庭園こそが、国内市場に転換したこのホテルにとって最大の競争力となります」と薛氏は語っている。