ルポマンガに学ぶ夫婦生活の秘訣、話し合うことの重要性

 血のつながった家族とですら共同生活は難しいが、血縁への情という、一種の甘え的なアドバンテージを期待できない夫婦なる関係だと、共同生活はなお難しくなる。これがこじれてくると夫婦はいがみ合い、それぞれ外で伴侶の悪口を言い、「生活を楽しむこと」より「生活の憂さを晴らすこと」に重きが置かれるようになってしまう。憂さ晴らしは日々を生き抜くために非常に重要だが、比重が増えすぎれば理想的な心の状態とはいいがたい。憂さ晴らしとは畢竟(ひっきょう)、対処法的であり、願わくば憂さが生まれる根幹の部分の見直しを図られたい。
 
 夫婦関係がうまくいっていればいいのである。しかしそれが難しい。どうすればいいのか。万人に処方できる最適解を挙げることはできないが、ヒントはあちらこちらに散らばっている。
 
 最近よく、結婚生活にまつわるルポマンガを読む。女性の視点で日常生活内の葛藤が描かれた作品が多く、筆者にとってはわが身を客観視し、省みるテキストとして勉強になっている。
 
 作者によって「マンガ化しよう」と思われたくらいの夫婦関係だから、その多くが静かに激しく対立し、そして深刻である。問題が感じられる夫たちは大抵何かしらのハラスメントを行っていて、中には“ハラスメントのデパート”と称して差し支えない、すさまじきモンスター夫もいる。
 
 各種ハラスメントは想像力と共感力の欠如に密接に関連している。これらが足りていないと自己の行動・言動を決定する際のブレーキが働かず、「己を満たしたい」というエゴばかりになってハラスメントとし表れる。相手を傷つけることが目的で行われるハラスメントも、想像力などの欠如が根っこにある。
 
 一方で、夫婦生活ルポマンガの作中に登場する妻、すなわち作者の分身に目立った問題が感じられる場合もある。ハラスメント過多の夫と共依存の関係に陥っているケース、自分のことでいっぱいいっぱいになって相手のことを考える余裕をなくしているケース、憎しみが募り過ぎて正常な判断を介入させる余地が失われてしまっているケースなどで、どれにも共通するのが、夫婦間の話し合い不足に端を発している点だ。夫婦仲の和解に至るルポマンガは、おおむね話し合いをきっかけにお互いが自省して成長していく筋書きになる。夫婦の共同生活は離婚しない限り、そのあと何年も続いていくはずだが、和解という一旦のハッピーエンドを迎えるためには“話し合い”が手っ取り早く、また有用なツールであるらしい。
 
 思いを伝えるのは勇気が要る行為である。無視されるかもしれず、怒らせるかもしれず、傷つけるかもしれない。かといって、思っていることがあるのに内にしまい込むのは必ずしも得策ではない。一度しまうと、しまい癖ができて話し合いの機会が遠ざかるし、しまい込んだ気持ちはあっという間にどす黒く膨れ上がる。

 話して吐き出すこと、聞いてもらうこと、相手の話を聞くこと、それぞれに気持ちの浄化作用と相互理解の糸口があるから、これらをおろそかにしすぎると、どうやら夫婦仲はギクシャクしていくようだ…ということをルポマンガは教えてくれる。
 
「何度言っても聞く耳持たないので伝えることを諦めた」というケースでは、配偶者とどう向き合うべきか難しい。とにかくそのケースでは試行錯誤や紆余曲折の苦労を経て諦めに至ったという結論が出たのだから、それはその人にとっての真実である。だから、共同生活を諦めて別居や離婚を選択するのも前向きな一手だ。