ソニーが音楽事業に進出したのは、1968年にアメリカでコロンビアレーベルを展開するCBSレコードとの合弁会社、CBSソニーを設立したことにさかのぼる。レコード会社としては後発であったため、既存の音楽業界に入り込むのにはかなり苦労したという。

 当時の音楽業界は、音楽事務所がアーティストを握っており、人気アーティストが所属する音楽事務所が何よりも力を持っていた。そのため、レコード会社は音楽事務所のプロモーション方針に則って、レコードを販売し、レコード店には音楽事務所が売り込みたいアーティストのレコードが大量に入荷された。

 しかし、必ずしも読み通りにレコードが売れるとは限らず、販売店はいつも自由にレコード会社に返品できるという慣行が成り立っていたので、レコード会社がリスクを負う仕組みになっていた。

自らがアーティストを育成し
慣習に縛られた流通を大改革

 そんな中、新規参入のCBSソニーはレコード会社自らがアーティストを育てるという新しいビジネスを始めた。アーティストの育成とレコードの販売戦略は一体化し、レコード店には返品を認めないという強気の政策に出た。それができた背景には、当時、山口百恵、郷ひろみ、松田聖子といった人気アーティストをソニーが抱えていたので、販売店としてもソニーの提案を受け入れざるをえなかったという事情がある。

 ソニーのエンタテインメント・ビジネスはサプライチェーンのイノベーションの歴史でもあるのだが、その原形がこのレコード流通の改革であった。

 さらに、ソニーがゲーム業界に進出したとき、従来のゲームソフトはROMカートリッジに納められたハードウエアであり、生産に多くのリードタイムを要していた。そのため需要予測が立てにくく、ゲーム機メーカー、おもちゃ問屋、小売店の流通システムの中で、売れないゲームソフトが小売店に押しつけられる弊害が発生し、ソフトハウスも事前生産のリスクを負っていた。