一生懸命頑張るのではなく、何のために頑張るのか、が大事
茂木 僕は日本人は偶有性忌避症候群に陥ってしまっているのではないかと思うんです。将来、何が起こるかわからないという偶有性の状況は生命そのものの本質であり、環境との相互作用において、私たちの脳を育む大切な要素なんですね。ところが、そこから目をそらし、恐れ、逃亡してしまうことで、日本人の脳は成長の機会を奪われている。
人生には、最初から決まった正解などないわけです。なのに、あたかも正解があるかのような思い込みをしている。そればかりでなく、人にも同じ道を通ることを強要する。それは、本来「挑戦する」という脳の本質からは、かけ離れているんです。
キム 人間の人生って、そういうふうにしか、生きていくことはできないですよね。起きることは、すべて偶然なんです。起きたことに対して、どんなふうに受け止めて、次に生かしていくか、ということでしか、人間は希望を持って生きてはいけないと思うんです。
だからこそ、プリンシパルが重要になる。自分が想定しない状況に直面したとき、自分を信じられる何かを持っていないといけないから。それがないから、何かの安定性を求めてしまう。生きていく中で、柱というか、軸というか、自分の中での信条というか、そういうプリンシパルを持つことで、あえて計算しなかったり、あえて情報収集しなかったり、あえて偶然性やランダム性を取り入れ、新しい発見ができる余地を自分の中に作り出せるのだと思います。
脳は、状況の変化に対して適応する能力が十分あるわけですよね。ならば、何が起きても、それを次に生かすことができれば、すべては幸せの材料になると思うんです。茂木さんの本で、僕はその確証を得ました(笑)。そうなれば、日常の中での選択における不安というものがなくなっていくはずですよね。どちらかといえば、ワクワクしながら未来と直面できる。行動を起こすことによって、見えてくるものも増えてくる。
僕は若い頃学生時代に、茂木さんの本を一冊だけ読んだことがあるんです。『脳と創造性』です。創造は偉大な発明家が担うと捉えられがちだが、人間は日常の中で小さな選択をすることによって可能性を拡げている。変化をもたらす自分の感覚や行動こそ、ある意味で創造する行為だ、と。これを、よく覚えているんです。
茂木 まさにそうですよ。小さな発見も創造なんですよ。ハーバードは偏差値という概念が実はない、と僕が言うのも、僕にとっては新しい発見だからです。当たり前のことなら、言わない。でも、踏み出さないと、そういうことには気づけないわけです。どんどん変化しているからこそ、気づける。だから、挑戦が大事なんです。挑戦は変化を呼び込むことだから。
キム 科学者を前に恐縮ですが、僕が大好きなアインシュタインの言葉があるんです。人類が解けないような問題に直面したとき、残された時間の95%を問題の規定に使いたい、と。つまり、問題を理解し、規定するところに時間を使い、残りの5%の時間で問題は解決される、と。
一生懸命頑張ることが大事なのではなくて、何のためにどう頑張るのか、が大事だということです。日本の場合も、問題の本質は何なのかを理解し、規定するところから始めないといけないと思うんです。それは、誰かが決めるものではない。自分で決めないといけないし、問題の本質を深く理解するところから始めないといけない。そこから初めて行動は出てくる。理解する前の段階で決めつけて行動に走ったり、白黒つけようとしたりするのは、危ないと思いますですよね。
茂木 まさに、おっしゃる通りです。まずは理解しないとね、現象を。深く理解しないと。その意味では、ものすごく面白い時代に今、来ているのかもしれない。楽しまないといけないんですよね、もっともっと、みんなも変化や挑戦を。
◆「対談 媚びない人生」バックナンバー
第1回 媚びない人生とは、本当の幸福とは何か 『媚びない人生』刊行記念特別対談 【本田直之×ジョン・キム】(前編)
第2回 大人たちが目指してきた幸福の形では、もう幸福になれないと若者たちは気づいている【本田直之×ジョン・キム】(後編)
第3回 日本人には自分への信頼が足りない。もっと自分を信じていい。【出井伸之×ジョン・キム】(前編)
第4回 世界を知って、日本をみれば「こんなにチャンスに満ちあふれた国はない」と気づくはずだ。【出井伸之×ジョン・キム】(後編)
第5回 苦難とは、神様からの贈り物だ、と思えるかどうか【(『超訳 ニーチェの言葉』)白取春彦×ジョン・キム】(前編)
第6回 打算や思惑のない言葉こそ、伝わる【(『超訳ニーチェの言葉』)白取春彦×ジョン・キム】(後編)
第7回 いつが幸せの頂点か。それは死ぬまで見えない【(『続・悩む力』)姜尚中×ジョン・キム】(前編)
第8回 国籍という枠組みの、外で生きていきたい【(『続・悩む力』)姜尚中×ジョン・キム】(後編)
第9回 「挑戦しない脳」の典型例は、偏差値入試。 優秀さとは何か、を日本人は勘違いしている 【茂木健一郎×ジョン・キム】(前編)
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