失うからこそ、気づいたり、得られるものがある

早急に白黒つけたがる人は<br />幼稚であると気づけ<br />【茂木健一郎×ジョン・キム】(後編)

キム おそらく自分が20歳だったら、ゼロリセットする、削り落とす、裸に戻る、などという発想はできなかったと思うんです。今の学生を見ていても、権威にそれほど怯えたりはしていない印象を受けます。本当は、自分で独立してやりたいんだけれど、やはり社会の評価基準、評価の体制がそういう独自なものを受け入れてくれない状況がある。

 そこでおそらく押しつぶされて、だから権威に飛び込んでいって、さらに結婚したり、家庭を持ったりすると、その軌道から抜け出せなくなってしまう。そして、自分の過去を正当化するためにも、後の若者の独立を否定していく。これはまさに悪循環ですが、こういうことがずっと続いている気がします。これからは、社会における価値創造の評価基準を再設定し直す、ムーブメントが必要ではないかと思うんです。

 実は僕は茂木さんの『挑戦する脳』を読んで、大きな援軍を得たような気がしたんですが、脳というのは、失ってしまったことによって、気づいたり得られたりするものがある、と書かれていますよね。人間は、今自分が持っているものを失うと、それはマイナスになると思っているわけです。ところが、失うことによってこそ、新たに獲得できるものもある、と。

 これを意識的に選択すれば、人生の軌道は修正していくことができると思いました。見えなくなっていた景色が何かを失うことで見えるようになったり、そのことで自分の次なる学びや成長の糧にできる。もっといえば、挑戦すること自体が、もう成功なんですよね。そう捉えることができれば、未知や不安の中で行動を起こすこと自体が、ポジティブになる。

茂木 僕は人にお会いしたとき、その人のことを考えるんです。組織とか肩書きとか、まったく関係がない。夏野剛さんという人と僕は親しいんですが、自分でも笑ってしまったことがあって。僕は出会ってから一年くらい、夏野さんがどこで何をやっている人なのか、まったく知らなかったんです。この人、面白いな、と思って付き合っていたら、あるとき「i-mode」を作った人だ、たくさんの会社の取締役を務めている人だ、と初めて聞いてびっくりして(笑)。

 僕がつながる人って、みんなそういう人なんです。「あ、この人いい」と、それだけ。

キム 現代の社会はアイロニカルですよね。人の情報を事前に収集すればするほど、偶然性は排除されていく。でも、本当に大事なことは、自分の直感ですよね。むしろ調べないほうがいい時もある。

茂木 僕は、事前の情報があったとしても、やっぱりその人の人間を見ます。それだけなんですよ、僕の基準って。そこはもう絶対にぶれない。

キム 僕が『媚びない人生』の中で、本当に伝えたかったことは、まさにそこだったんです。自分の視点が、その時点でどんなに未熟だったとしても、信じられるものはそれしかないわけです。自分の感情や思考、直感しかない。それを信じなければ、何を信じるのか、ということになる。

 ところがその判断を、権威だったり、組織のルールだったり、誰かの意見や社会の醸し出す空気に委ねてしまうことが多いでしょう。それは、そうせざるを得ない状況もあるし、そのほうがラクチンだということもあるわけですが。しかし、それは同時に将来的な結果に対する責任を放棄することでもあるのです。

 だから、もう一度、自分を取り戻してほしいと僕は思ったんです。自分には実績もないし、自信の根拠もないけれど、一度、自分自身を信じ切る。それによってこそ、自分の学びというものも生まれてくるわけですよね。

自分の直感を信じた結果として生まれてくる失敗というのは、自分にとって大きな学びになるんです。逆に、他者に委ねた結果として生まれる失敗は、何も学べないし、責任転嫁しかできない。だから、自分がどんなに未熟であっても、その時点での自分の直感を信じる力を持ち続けてほしい。それこそが、中長期的に自分を成長させるし、幸福感も生み出してくれると思うんです。