金子龍司氏の『「民意」による検閲―「あゝそれなのに」から見る流行歌統制の実態』(日本歴史 2014年7月号)によれば、ラジオの選曲が西洋風だと「日本精神に反する」と怒りのクレームを寄せる「投書階級」と呼ばれる人々がたくさんいた。投書は年間2万4000件にものぼり、番組編成や検閲当局にも影響を与えていたという。言論統制や娯楽統制を強く求めたのは、軍ではなく実は「民意」だったのだ。
当時の日本には、このようなポピュリズムが蔓延していた。『戦前日本のポピュリズム』(筒井清忠著 中公新書)でも、大衆を支持基盤とする近衛文麿とポピュリズム外交をしていた松岡洋右が、日本の開戦を引き返せないところまでもっていったとして、日米開戦を引き起こしたのはポピュリズムだったと考察している。
令和日本のポピュリズムが
「コロナ敗戦」を招く
令和日本にもそんなポピュリズムの匂いが漂う。菅義偉首相は緊急事態宣言に対してずっと消極的な姿勢を貫いていた。しかし、世論調査で支持率が急落して世間から叩かれ始めた途端、あっさりとその信念を覆した。ニコニコ生放送で「どうも、ガースーです」などと柄にもないことを口走ったように、菅首相もポピュリズムに傾倒しつつあるのだ。
ということは、令和日本も太平洋戦争時の日本と同じ道を辿る恐れがあるということでもある。つまり、最前線で戦う人々が援軍もないまま次々と倒れているのに、「戦略ミス」を認めず、ただひたすら国民に「自粛」を呼びかける。根本的な問題が解決されないので、犠牲者はどんどん増えていくのだ。
ちなみに今問題になっている、政治家が国民に自己犠牲と我慢を呼びかける裏で、実は優雅な会食やパーティをして叩かれるという現象は、太平洋戦争時にもあった。時代背景は違うが、社会のムードは驚くほど酷似している。
今回の「戦争」の犠牲者は、前回と異なって「経済死」や「自殺」なのでわかりづらいが、今のまま「国民のがんばり」で押し切ろうとすれば、甚大な被害を招くはずだ。ましてや数カ月先には、100人程度の重症患者で医療崩壊している東京で、世界中からアスリートを招いて五輪を開催するという「無謀な作戦」も控えている。
「コロナ敗戦」という言葉が頭にちらつくのは、筆者だけだろうか。
(ノンフィクションライター 窪田順生)