社会の後押しで
女を所有したがる性癖

 夫婦別姓反対を叫ぶ時点で、自分は選り好みして数少ない同姓賛成派の中から女をものにする自信などなく、もともとふわっと別姓派だった女を説き伏せて自分の思い通りにするような魅力もない、と自らアナウンスしているようなもので、涙なしには語れない情けない根性ではある。

 世の流れがどうであれ、恋愛中の男女のパワーバランスなんてそれぞれ構築できるので、自分のところはオリジナルに亭主関白でも何でもすればいいのだけど、全体としてそうなってくれていないと、個別の裁量が問われるわけで、あくまで自動的に帰属してくれるのがいいらしい。

 昨秋、比較的大きい食事会があって、二次会の席でふと気づいたら、残っている男性の8割が既婚者、しかし女性は独身しかいない、という構図になっていた。既婚の女性陣は何かと忙しいらしく、欠席もしくは早退した。

 そして既婚子持ちの男性陣が欠けることなく残っているということは、育児のアウトソーシングがなかなか一般化しない日本では、その分彼らの自宅に、飲み会に行かずに育児に追われる女性がいる可能性が高い。現代的な彼らに、嫁を奴隷扱いする気なんてゼロだが、自分が自分勝手だという意識もほぼゼロだった。

 一般的ヘテロ(異性愛者)おじさんの場合、かつて幸福のための努力は結婚前に限ってすればよくて、結婚してしまえばこっちのもの、「だってそれが通例だから」という理由で、何の努力もなく自分の家庭の世話を妻に優先させてきた層がいる。

 落とした女を「所有」したがるのは、もはや自分の一部となった文句を言わない相手とじゃないと安心して付き合えない性癖ともいえる。落とした証を相手の免許証にまで刻まないと安心できないのであれば、欠如しているのは絆ではなく男性としての魅力だろうと突っ込みたくなるが、そういうおじさんに限ってそういうご指摘に気分を害する。

 社会に後押ししてもらわないと完成しない性癖なんてそもそも幻想だし、彼らが安心したいがために無意味な抵抗を続けるなら、大学生の多くがキャバクラや風俗でバイトしている国で、女性にとっては名前なんて存外気軽なものだから、氏が変わったところであなたに帰属しているとは限らないよ、と耳打ちしてあげたい。

 さらに、私は必ずしも論理的な意見だけが尊いなんて思っちゃいないが、うっかり気分的な理由を「伝統」とか「絆」とかいう皮を被せて発表すると、女子会で以上のように大変不快な分析をされることもぜひ追記しておきたい。

(作家・社会学者 鈴木涼美)