不確実性が高いからこそ
リーダーに「信頼」が求められる

 コロナ危機でリモートワークが一気に広がりました。働き方の未来をどう展望しますか。

トーマス:リモートワークだけでなく、遠隔診療、eコマースとキャッシュレス決済、バーチャル会議など非接触型の経済活動や働き方がさまざまな分野で広がりました。10年前にこのパンデミックが発生していたら、人々や組織はどのように対応していたか。想像することも困難です。

 ハーバード・ビジネス・スクールのイーサン・バーンスタイン准教授らが、アメリカで働くホワイトカラー680人を対象に昨年(2020年)3月から5月にかけて行った調査では、リモートワークへ移行した2週間後には、仕事への満足度とエンゲージメントは急降下したものの、開始から2カ月が経過した時点では急回復したそうです。

 いまのところ対面でのコミュニケーションを完全に代替できる手段はまだありませんが、私たちはこの1年頼りにしてきたコラボレーションツールとテクノロジーについて多くのことを学びました。ですから、少なくともオフィスで働く従業員が大半を占める企業では、オフィスワークとリモートワークを組み合わせたハイブリッドなアプローチを取ることになるでしょう。

髙波:リモートワークが進んだことの利点として、特に日本においていえることは、家族の関係が深まったことです。夫婦で在宅勤務をしていると息が詰まるという人もいるようですが、家族揃って食卓を囲んだり、子どもを送り迎えしたりする機会が増えたことは、総体的に見てプラス面のほうが大きかったと思います。育児や介護の負担が減ったという声もよく聞きます。

 一方で、上司と部下、同僚が離ればなれで働いていると、互いの仕事のプロセスが見えず、結果として仕事の成果で人を評価せざるをえなくなります。日本企業は良くも悪くもムラ社会の側面を色濃く残してきました。自分の成果には直接つながらなくても、仕事で困っている時、大変な時にはお互いに助け合ったり、結果に結び付かなくても努力している姿を励ましたりするのが、職場では当たり前の光景でした。

 そうした人間関係が、仕事のモチベーションになっていたし、生きがいや安心にもつながっていた。失われた地域コミュニティの代わりを職場というムラ社会が担ってきたのです。リモートワークが進む中で、コミュニティとしてのよい機能をどう維持し、モチベーションや生きがいを再構築していくか。そこは、大きな課題として残っていると思います。

 ニューリアリティの時代のビジネスリーダーに求められる資質とは、どのようなものでしょうか。

トーマス:最も重要な点は、「Trust」(信頼)です。特に、世の中が変化し、不確実性が高まる中でCEOが意思決定を迫られている現在、信頼はかつてないほどに求められています。CEOは従業員を信頼し、使用するツールとテクノロジーを信頼し、クライアントとの信頼を築く必要があります。そのためには、いままで必要とされなかった手法を採用する場合もあるかもしれません。

 いまのところ、パンデミックやその経済的影響がどのような結末を迎えるか、誰にもわかりません。だからこそ、信頼とそれに含まれる共感や説明責任、一貫性などが、今日非常に重要になっています。

髙波:「Trust」を日本流に解釈すると、「恥を知ること」と言い換えられるかもしれません。誰も見ていなくても天が見ている、自分の行動や判断が公に資するものであるか、私利によるものではないか。

 そういう恥の感覚が日本人全体として薄れてきていますが、さまざまなステークホルダーに向き合い、事業を通じて社会課題を解決していく企業リーダーは、「恥を知ること」をけっして忘れてはいけないと思います。

 もう一つ挙げるなら、リーダーとしての美学です。先ほど戦略思考について話しましたが、ゴールとそこへ至る道筋を論理的に突き詰める、戦略の背骨をつくることは非常に重要です。ただ、その大本になるパーパスは経営者の美学で決まります。

 そして、どれだけ論理的な判断であっても、ビジネスに失敗は付き物です。それを失敗で終わらせるか、成功するまで歯を食いしばってやり抜くか。あるいは、失敗して撤退戦を余儀なくされた時、「(最も危険な)しんがりは俺に任せろ」と言えるかどうか。これも美学です。そういう美学のあるリーダーには自然と人がついていくものです。

トーマス:リーダーは何よりもまず、従業員に重点を置いてください。従業員の安全や物事を見抜く力を重視するのです。最終的には、彼らが現在そして将来の成功を決定付ける要因となるからです。従業員という存在の重要性は、コロナ禍の前でも後でも、まったく変わらなかったことの一つです。

企画・制作|ダイヤモンドクォータリー編集部