企業の成功はもはや
利益だけで測れない

髙波:シェアホルダーキャピタリズム(株主資本主義)からステークホルダーキャピタリズムへの流れは、いちだんと加速するでしょう。昔から「三方よし」や「利他主義」「自然との共存」といった精神を大切にしてきた我々日本人にとって、ステークホルダー資本主義への流れは非常に親和性があります。ですから、日本の経営者はもっと自信を取り戻していいと思います。

 私はいまから10年以上前、財務的価値だけでなく、目に見えない非財務的価値を含めて企業価値の全体像を示す統合報告書というものを知った時、これで日本企業の真の価値が伝わるようになると期待しました。

 創業理念や環境・社会課題への取り組みを含めて、統合報告書に書かれた価値創造ストーリーを日本語で読むと、多くの場合はとてもよく理解できます。しかし、惜しむらくはそれを英語に直訳しても、海外の投資家には理解できないということです。歴史や文化、価値観を含めた日本に対する知識がないと、コンテキストとして理解できないからです。

 海外の人たちもよく理解できるように、論理的な価値創造ストーリーを組み立て、発信力を高めること。そして、世界に対してしっかりと説明責任を果たしていくこと。それは、日本の経営者の大きな課題です。

トーマス:企業はこれまでよりもはるかに多くの説明責任を求められるようになっています。企業の成功はもはや利益だけで測定されるのではなく、社会全体に与えるプラスの影響によって測定されるという傾向がますます強まっています。これは、世界が今般の悲劇的なパンデミックを脱した後も、長く続く傾向であることは確かです。

 クライアントと消費者、従業員、株主、市民や政府、つまりすべてのステークホルダーは、企業により多くを求めています。なぜなら、社会が直面する問題はグローバル規模で起こっており、社会の存続に関わる脅威だからです。気候変動、不平等、そしてこのパンデミック後の経済回復は、遠い将来ではなくいままさに解決策が必要とされる課題です。現実的かつ具体的な行動が必要です。

 CEOは状況に応じて行動し、自社が正しいことを行っていると確認しながら、パーパスに沿って組織をリードしていく必要があります。心強いことに、CEOはそれを実行しようという意欲が増しているように思います。

 世界経済フォーラムの国際ビジネス評議会が主導し、バンク・オブ・アメリカ、KPMGを含む世界4大会計ファームの専門家で構成されるタスクフォース注)の調査によると、企業の90%が、普遍的で業界に囚われない一連のESG指標の報告および開示が、金融市場および経済に寄与する、という考えを支持していることがわかりました。

注)世界経済フォーラムの企業委員会である「国際ビジネス委員会」(IBC)は、デロイト、EY、KPMG、PwCと統一されたESG指標と情報開示の原則について協議し、その結果を「ステークホルダー資本主義の進捗を測定するために」(Measuring Stakeholder Capitalism)と題した報告書として2020年9月に発表した。IBC議長はバンク・オブ・アメリカのCEOが務めており、同社もこの協議に加わった。

 これらの基準を採用することで、非財務情報や業績のESG側面の開示に一貫性、比較可能性、透明性がもたらされるでしょう。そして、資本主義の持つ強大な力を活かし、その力を長期的な価値創造に再び注力させることで、資本市場の強化や、社会的不平等の是正にも寄与するはずです。

 コロナ危機は、企業や政府にDXの加速を促しています。

トーマス:ニューリアリティが定着する時、その中心にはテクノロジーがあると言っても過言ではありません。DXは、このパンデミックを通してのテーマでした。CEOの80%は、「コロナ危機下でDXが加速した」と回答しています。

 一方、今後3年間における組織の成長にとっての最大の脅威をCEOに尋ねたところ、人材リスクが挙がりました。事業オペレーションが大きく変化したという事実は、CEOが将来、現在とは異なる才能やスキルを持った人材を必要とすることを意味します。これまでのディスラプションのレベルを考慮すると、今後必要とされる才能およびスキルと、実際に備わっている才能およびスキルにギャップが生じるでしょう。

 これは主に、企業がテクノロジーを積極活用し、パンデミックがもたらした課題に対処するために独自のDXを加速させた結果だと考えられます。企業は、この変化に対応し、需要を満たすための新規投資を十分に活かす才能を持つ人材を必要としています。

髙波:日本でもDXは確実に進んでいますし、これからも進むでしょう。DXには2つの側面があります。一つは既存ビジネスの延長線上にあるDX、もう一つは将来に向けたビジネス変革というDXです。

 日本の場合、既存ビジネスの現場やサービスといったフロントのDXは進んできましたが、部分最適に留まっています。今後は、ゼロベースで社会的価値をつくり出すようなビジネス変革という意味でのDXに向けて、もう一段の踏み込みが必要だと思います。

 これは基本的に、経営者の戦略思考の問題だといえます。これまで日本のリーダーは部下に任せることをよしとするところがありましたが、それだと部分最適をつくり出すことはできても全体最適にはなりません。

 パーパスに基づいてゴールを決め、そこに至る道筋を示す。そこまでを戦略的に熟考し、突き詰めたうえで、部下に任せるのがリーダーの仕事です。多くのCEOがこの転換に悩み苦しみながらも、着実に進歩されていると私は思います。